受験はある意味で資金力の勝負である
これは我が家の息子が中3の1学期末の通知票(=高校受験の内申点の50%)の平均が2.3だったところから、7ヶ月の猛勉強を経て第一志望校である都立産業技術高等専門学校合格、第二志望の国立東京高専補欠まで追い上げた奇跡の大逆転戦記。
……ではない。
魔術師のような家庭教師とか塾講師との出会いで見る見る成績が上がって云々というような都合の良い話はそうそうあるものではないし、その魔術師への支払いも当然ながら発生する。
ビリギャル公式サイト|『学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話』 ビリギャルが一人の教師と出会い、その運命を変えた――。小学4年レベルの学力だった金髪ギャルが、日本最難関の私大・慶應義塾大 birigal.jp
(人生最大の達成が名門有名大に合格した逸話みたいなのもちょっと悲しい話だが、ちょくちょく見かける。それで一生食っていくというのもある意味、芸人道みたいな感じでアリ。頑張ってください)
入試でのパフォーマンスなど所詮は資金力の勝負である。カネがある家が絶対有利である。
わかりやすい話をしようか。
中1から中3まで5教科の塾に通わせれば、そこそこの受験学力は確保出来るだろう。内申点もそこそこ確保出来るから、公立の上位校を狙える。
なお、計量系の教育社会学の知見によれば、名門・有名校に入ろうが入るまいがそこでの学力の伸びに違いは出ないという見方が強いし、身の丈を越えた学力上位校に行くと逆に伸び悩むという研究すらあるが(中室牧子らによる負のピア・エフェクトの研究)、ともかくブランド品を手に入れたという満足感は得られるだろう。
そのブランド品購入のための費用は3年間でおよそ100万円。もちろんもっと高額な個別指導塾なんてものもある。お金がある世帯はどんどんお金を使って経済を回してくれたら良いので、ことGDPという視点で言えば受験産業への出費は大変良いことである。
資金力の無い世帯の戦い方
では、その費用を捻出出来なければどうなるか。
塾指導という課金アイテムでのバフ無しで入れるレベルの公立高校に進学することになる。東京都の場合は都立高校だ。
都立高校は難関進学校から入学難易度を受験生の偏差値で表現した場合に70台から30台の学校までフルラインナップで並んでおり、選ばなければどれかには入れる。そのどれもが都立高校だ。学費は同じ。
そこを卒業すれば高卒の資格が手に入るし、どんな高校であれ成績最上位で駆け抜ければ、その先のキャリアは明るい。みんながバカにする工業高校だって実は優秀な生徒もいて、そういう人は大手メーカーに入って順調にキャリアを伸ばしていたりする。
うちの親戚でも愛知県の工業高校を首席で出てデンソーのエンジニアになり、一戸建てとクルマ2台と可愛い妻と子供二人との幸福な人生を手に入れた人がいる。彼はたまたま親が事業に失敗して資金が無かったので、大学に行けなかったという人物である。
逆に有名大学を出ていたって人間性がアレならキャリアもアレという人も大勢見てきた。
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そういう人たちはだいたい他責的・他罰的で自己承認に飢えていて、それ故に職業人としての実力がさっぱり伸びない。息子をそういう人間にはしたくなかった。
さて、教育社会学の知見の大方は、ある個人が入った高校によって、入学する大学の難易度が変わることはほぼ無いという結論にも辿り着いている。更に言えばある個人が入る大学のブランド力によって生涯年収が変わることもほとんど無いという有名な研究もある。
要するに、受験産業に課金して我が子の進学先のブランド力をいじったところで、我々の子供の人生は、少なくとも所得に関しては大して変わらないということである(残念だったね、アグネス・チャンさん)。
これは悲報なのか朗報なのか。
私は朗報と考えた。
ならば、受験産業に課金する以外のもっと面白い資金の使い方が色々と出来るからである。
だから息子の中学受験もハナっから考えなかったし、中学生になってからも勉強しろだの塾に行けだのは一切言わずに2年間が過ぎた。
メーカームーブメントとの出会い
ではその間、息子を放置していたのか?
そうではない。
おそらく、親の手間暇で言えばうちの息子ほど贅沢な機会コストを投下された子供はなかなかいないだろう。
息子はとにかくモノづくり(とモノ壊し)が大好きな子供である。
幼稚園に入る前は砂場遊びが大好きで、毎日毎日あちこちの公園に出没しては砂場遊び。
家に帰ると牛乳パック工作。
家の中にいても、とにかく常に何かを作っている。雑誌の付録があれば必ず作る(「てれびくん」は毎号必ず買っていた)。手元にあるオモチャも分解してはああだこうだと組み合わせて、テープで張り合わせたり接着剤でくっつけたりネジ止めしたり。とにかく何だかわからないけど、作る。ひたすら作る。作っては壊す。作ることが大事。そういう子供だった。部屋は散らかし放題である。それを片付けるのは全部私だ。
そして、とにかく行ってみたい場所、やってみたいことがあればまずは体験させる。テニスに興味が出たならテニスラケット。スキーがしたいなら家族でスキーへ。毎年のキャンプ。マウンテンバイクのコースにもよく通った。小学校から帰ってきたら、ちょくちょく一緒に温水プールに行くという時期もあった。
工具や工作材料の類も電動リューターに工作台に砥石。タミヤプラモデルファクトリーに行く度に増えていくミニ四駆専用工具たち。
コンテンツをケチらない
もう一つはコンテンツである。
これが欲しいという本は片っ端から買い与えた。マインクラフトやScratchの本、ラズベリーパイの本、サーバ運営用OSのマニュアルとかデジタル画像の専門書。グラフィックデザイン関係の本もいっぱい買った。そしてもちろん「ジュニア空想科学読本」「子供の科学」「ビーカーくんとそのなかまたち」といったSTEM教育系の定番ラインナップ。ラノベも多い。「ソードアート・オンライン」「キノの旅」「スーパーカブ」「この素晴らしい世界に祝福を」「ノーゲームノーライフ」。
藤子不二雄の単行本。てれびくん。コロコロコミック。別冊コロコロコミック。「メイドインアビス」や「腐男子家族」も買ってやった。
映画も見たいというものは見に行ったし、マーベルの映画を一通り見たいと言われればディズニー・チャンネル。マーベルを見終わったらネットフリックス。
そしてゲームである。最初に買い与えたのは3DSだったが、ほどなくしてWiiU。Switch。PCゲームに興味が移れば5万円のグラボすら買ってやった。
それでもたぶん、100万円は使っていないだろう。小学校1年生から中3までで、せいぜいその半分か? 塾だのスポーツクラブだのに比べれば安いもんだ。
人生の羅針盤を作る
で、それだけの時間と金をかけて私は何をしていたのか。
息子のアイデンティティの核になるものの彫琢である。
自分は何が好きで、何が得意で、何に没頭出来るのか。
モノづくりと自然科学が好きらしいということは早い段階でわかっていたが、モノづくりといっても工芸なのか美術なのかメカニカルなのかエレクトロニクスなのかプログラミングなのか。自然科学だって理学なのか工学なのか。
更には、その「好きな領域」の中で何が特に向いていて、何をする時にゾーンに入れるのか。
これがアイデンティティの核となる。
それを、膨大な「遊ぶ経験」の中から見つけ出して、息子自身が「俺はこれだ」と理解し納得することがとてつもなく重要であり、それが彼自身の人生を導く羅針盤の針となる。
更に、その「好きなもの、得意なこと」が肯定的に評価されることも必要である。
例えば野球のように小さいうちから選別され序列化され、劣等感と競争意識を植え付けられるようなToxicな環境に息子を置く気は私にはさらさら無かった(受験塾に息子を行かせなかったのも同じ理由である)。
幸い、息子が出入りするようになったcoderdojoもミニ四駆コースもマウンテンバイクコースも、その種のToxicな文化とは無縁で、お互いのスキルや好みを尊重しあう場だったし、とにかく楽しんでいることが評価されるような雰囲気があった。
私自身も「楽しむことが一番大事だ」「Toxicな人間には近づくな」ということを息子との膨大な対話の中で伝えるようにした。
我が家にとっての息子の高校受験というのは、この「人生の羅針盤」の最初の実戦デビューの場だった。
14年間かけて削り出し、磨き、試験と調整を繰り返して精度と安定性を高めてきたフィールドコンパスが、実際に次の3年間の居場所を決める局面でどれだけ正確かつ安定して動作するか。
だからまずは将来何になりたいのかをじっくり話し合い、次に興味を持った高校や高専を徹底的に見て回ることにした。サレジオ高専に始まり、多摩科技高校、東京高専、日本工業大学駒場高校、工芸高校、八王子桑志高校、都立産業技術高専、科学技術高校。
そこで息子のコンパスが指し示したのは産技高専、東京高専、多摩科技、科技、日駒である。
どこもカルチャーフィットがあり、なおかつ息子が目指す道であるプログラマー/エンジニアへのルートが明確に存在している。
重要なのはブランド力や偏差値の数字ではない。カルチャーフィットと「学びたいことが学べるか」だ。高専に関して言えばいつも遊びに行っていた電通大の研究室で仲が良かった院生(現在はヤフージャパンのプログラマー)が高専出身だったこともあって、「高専は面白いぞ」と息子にいつも話していたことや、息子が高専ロボコンのファンだったということもあり、我が家では高専は身近な存在だった。
そこまで来てようやく、じゃああとこれだけの受験学力を積み上げないとダメだよねという話になる。
受験対策には王道しかない
都立と国立は内申点が30%を占めるから、おそらくライバルには1000点満点の入試で100点のビハインドを背負っての戦いである。例えば多摩科技なら700点以上で勝ち負けになるとき、ライバルは内申点240点を持っているから本番は460点以上で合格ラインに乗るわけだが、息子は内申が140点を切るくらいだから、700点満点の本番で560点以上。得点率80%を越えなければ勝負にならない。
数字上は絶望的な戦いである。
そこで我が家が取った戦術は以下の通り。
1) 得点力が最も低い社会はせめて偏差値50を越えるようにする。
2) 5教科で平均80%以上を取らなければならない多摩科技は諦める。
3) 社会が受験科目にない東京高専と産技高専を受けつつ、W模擬で合格確実ライン超えを続けている科学技術高校を現実的な最終攻略目標とする。
あとは市販の問題集を毎日コツコツ続けること。週に1度は完全休養日を設けてリフレッシュすること。基本である。学力向上に裏技や特効薬など無い。積み上げあるのみだ。
とはいえ、毎日コツコツといったところで、反抗期真っ盛りの中3男子にそれが出来るかというと、なかなか難しいものがある。
しかしながら、我が家には小さい頃から積み上げてきた親子の信頼関係という膨大な貯金があった。文句たらたらではあったが、息子は妻が毎日用意するその日の分の課題をやり続けたし、私が自作した英語のドリルもやったし、間違えたところの見直しも毎晩親子でやった。
こうして息子の受験学力は徐々に上がり始め、最終的には第一志望校である産技高専合格、第二志望の国立東京高専も補欠には受験番号が出るくらいのパフォーマンスを発揮して、科学技術高校を受験する以前に高校受験を終えることとなった。塾も家庭教師もウェブ講師も通信教育も使わずに内申点のビハインドをほぼ跳ね返したのである。
そう。教え方の工夫だの成功体験の積み重ねだのといった、漫画やテレビドラマでよくあるやつはここには存在しない。
そんなものよりも遥かに手前のところ。すなわち、人生の羅針盤を手に入れること、それがきちんと動くように動作試験と調整を繰り返すこと。そのプロセスを通して親子の信頼関係を確立しておくこと。これが我が家の高校受験の作業の9割だった。
4月から息子は高専生である。
プログラミングとハードウェア開発、両方やりたいのでスマートAI工学コースというところを目指しているそうだ。coderdojoとタミヤプラモデルファクトリーとメーカーフェアに通い詰めた経験が影響しているのは間違いない。
高専の勉強はハードだと聞くが、その道は間違いなくプログラマー / エンジニアの仕事へと繋がっている。歩いていけばまた多くの分岐が現れるだろうが、15年間かけてver1を実戦投入するに至った人生の羅針盤をバージョンアップしつつ、彼の心の中のハヴァイキを追って進んでいってくれることだろう。
産技高専に通ってみてどうだったか
さて、1年間産技高専に通ってみてどうだったか。
巷間言われている通り。
オタクの楽園である。
基本は大学なので、生徒ではなく学生と呼ばれる。
教員の大半は博士号や修士号を持つ研究者だ(だから若干、授業が下手な人もいるのは事実だが)。
校則は極めてゆるやか。しかし問題は起きていない。
唯一、化学のT先生というのが非常にヤバい人で(笑)
偶数年に品川に入学する学生の半分を留年の恐怖の底に突き落とすのだが(息子は見事にこのガチャで当たりを引いてしまった)、まあこれは……どうなるんでしょうか? 2年に1度、1年生の半分が留年しているという話は聞かないので、何かはあるのだろうが。
あとはもう、ものづくりが好きなら間違いなく超オススメの学校である。最高である。