「カジュアルな言葉だけが武器」でよろしいのでしょうか?

先日、中高の同期の友人と、ザッカーバーグやジョブスのようなアメリカの名経営者はヴィジョンを語るけど、日本の経営者はそうでもないという話になりました。具体的なお名前は挙げませんけれども、確かにそうなんです。

最近は若くしてネットビジネスに参入して著名人になったお兄さんお姉さんがいっぱいおられますし、そういう方々のインタビューは山のようにウェブの中に積み上がっています。

つまらないのもあれば面白いのもありますが、私の知る限り全てに共通するのは「その辺のあんちゃんねーちゃんが居酒屋で語っているようなカジュアルな言葉」です。ポップで軽妙でちょっと皮肉が効いていて、何だか知らないけどIT業界のうちわ話みたいなのが見え隠れして、もちろんお互いに知り合いだから名前を出し合って、なんだかこれはどこかで俺も経験したノリだなと思って今考えてみたら、あれですあれ。サークルの飲み会に現れたOBのトークを隣で聞いているようなあの感じ。

カジュアルな言葉の練達な使い手であるということは、上は森嘉朗さんや麻生太郎さんの講演から中程のITお兄さんたちのインタビュー、もちろん下々の就活の面接においても、日本語世界では極めて有利な属性であると言えます。

それは全く問題無いことですよ。

ですが、3月が近づいてくると私は思ってしまうのです。何で日本の偉い人はカジュアルな言葉しか武器に出来ないんだろうと。

3月といえば日本では卒業式です。卒業式には偉い人が現れてスピーチをします。私も卒業する側で5回、送り出す側で2回、卒業式のスピーチを聞いたはずなんですが、一つも記憶にありません。直近ですと去年の3月に某所で某社の某女史のスピーチを聞いたんですが、後で教え子たちにその話題を出しても、誰が来ていたか憶えてた奴は一人も居なかった(なんてこった!)。

政財界の偉い人だけじゃないですよ。学者もそうです。ツイッターなど見ておりますと、皮肉やイヤミや大喜利の達人の人材の豊富さたるや、創業期のローエングラム朝銀河帝国軍も顔色無しですけども、例えばスティーブ・ジョブスの有名なスタンフォードでのスピーチのように、語りぐさになるようなものをやれる人は、さて・・・(大学に入ったら授業サボって海に行けっていう私の母校の元教員のスピーチは、たしかにバズりましたけども、私はダイレクトに影響を受ける側でもありましたので、正直フザケンナでございました)。

一方ですね。海の向こう、アメリカではこんなサイトがあります。卒業式スピーチの専門サイト。

Graduation Wisdom: Learning Never Ends
Explore diverse topics with Belen Moran at Graduation Wisdom, where continuous learning and personal experiences blend t...

youtubeにアップされている卒業式スピーチのアーカイブあり、これから予定されている各大学の卒業式のスピーカーのリストあり。名スピーチ10選あり。名スピーチ10選の1位はやはりジョブスのあれでしたが、5位が面白いんですよ。デヴィッド・マックロウ・ジュニアさん。御父様はピュリッツァー賞を2度も受賞した作家でしたが、ジュニアは名門高校の英語科教員。

そのマックロウ・ジュニアさんが2012年に勤務校であるウェレスリー高校の卒業式で行ったスピーチがyoutubeにアップされるや凄い勢いでシェアされて、マックロウ・ジュニアさんは一躍有名人になりました。このスピーチのキーワードは「あなたは特別では無い(You’re not Special)」というフレーズです。マックロウ・ジュニアさんはスピーチの中で何度も何度もyou are not specialを繰り返し、名門高校の卒業生であるからといって慢心しないようにと釘を刺していきます。

その全文書き起こしがこちら。

David McCullough at Wellesley Commencement: ‘You Are Not Special’ (Video)
Ouch! David McCullough Jr., the son of the Pulitzer Prize-winning historian and a longtime English teacher at Wellesley ...

仮にあなたが100万人に1人の才能の持ち主であっても、地球には68億の人間がいるのだから、あなたと同等の才能を持った人は7000人もいるんですよ。だからこれからも学び続けなさい。努力を続けなさい・・・。

最後の部分を以下に引用しますが、本当に綺麗で力のある言葉になっていると思います。リズミカルで詩的で、そして明確なヴィジョンを提示しています。

“Like accolades ought to be, the fulfilled life is a consequence, a gratifying byproduct. It’s what happens when you’re thinking about more important things.

Climb the mountain not to plant your flag, but to embrace the challenge, enjoy the air and behold the view. Climb it so you can see the world, not so the world can see you.

Go to Paris to be in Paris, not to cross it off your list and congratulate yourself for being worldly.

Exercise free will and creative, independent thought not for the satisfactions they will bring you, but for the good they will do others, the rest of the 6.8 billion―and those who will follow them.

And then you too will discover the great and curious truth of the human experience is that selflessness is the best thing you can do for yourself.

The sweetest joys of life, then, come only with the recognition that you’re not special.

Because everyone is.

Congratulations. Good luck. Make for yourselves, please, for your sake and for ours, extraordinary lives.”

カジュアルなあんちゃんたちが、カジュアルな言葉を駆使して社長になり政治家になり首相になることは多分悪くないことです。ですが、アメリカ人たちがかくも美しく詩的な言葉を必要に応じて繰り出しているのを知ると、日本の偉い人たちにもこういうやつやって欲しくなるのです。