日本ファンタジーノベル大賞とブランディングとKADOKAWA無双

日本ファンタジーノベル大賞、今年の私の挑戦は「従来のファンノベ大賞受賞作からかけ離れた方向でぶっ飛んだエンタメがどこまで勝ち上がるか」を計測するというコンセプトでの実験でした。

そのために過去の受賞作も片っ端から読み、応募作は15人くらいの老若男女に読んでもらってエンタメとしてのチューニングを念入りに行い。

実際に読んでもらった方々はご存知かと思いますが、実名で書いている小説とは全く作風が違います。

基本的な設定は正気を疑うようなところからスタートしますけども、メフィスト賞や創元・早川のSF新人賞が好むような陰キャの妄想(あるいは「エヴァンゲリオンっぽいやつ」)方向ではなくて、最後はハートウォーミングなハピエンに持っていく。

ウェブ小説サイトだと「#泣ける」「#せつない」「#大人の恋」「#再会」「#甘々」みたいなハッシュタグがつくような展開。これを「正気を疑う設定」のファンタジーに入れてハピエンに落とす。

あとは、読む人の知識があれば旧約聖書をモチーフにしていることとか、フェミニズムの問題意識もベースになっていることがわかる。つまり単なるエンタメよね、ではなくて批評家が読んでも語れる仕掛けを入れてある。

一方、21世紀に入ってからのファンノベ大賞の受賞作で多いのは「正気を疑う設定」「陰キャ」を基本にして最後は投げっぱなしにするような作品です。そういうのが好まれるのはわかった上で、エンタメとしてより広い層にフックがかかるようなものを書いて送ってみた。

結果は、新潮社が外注している一次選考は通過(上位1割に入った)。新潮社内部の選考は通らなかった。

ということは、「ファンノベ大賞は変わるつもりが無い」んだろうなと。

もちろんそれはそれで良いのですけども、同賞の過去10年の(審査員に酷評されつつ「大甘裁定」で大賞となった『さざなみの国』から、2020年の優秀賞『迷子の龍は夜明けを待ちわびる』まで)パフォーマンスはまことに低調で、文庫化されたのが1作、作家として大成出来たのは古谷田奈月だけ。受賞作の初刷りは3000部らしいので、どう考えても黒字を出していないんです。黒字を出していないだけではなくR&Dとしても、口の悪い人が英語で表現するなら「totally f**ked」なものになってしまっている。

その理由は(私見では)ブランディングの失敗です。

同賞が始まった32年前なら、新潮社が「ファンタジー小説送ってこい」と言えば日本中のあらゆる才能が自信作を送ってきた。そして『後宮小説』『バルタザールの遍歴』『バガージマヌパナス』『鉄塔 武蔵野線』など、文句のつけようが無い名作群をこれでもかと掘り出してみせた。20世紀の間、日本ファンタジーノベル大賞のブランディングは大成功していたと思います。ライト文芸が勃興するまでは。

今は違います。今はファンタジーを書ける人で自信がある人はKADOKAWAに送るんです。電撃大賞かファンタジア大賞ね。そっちで勝てば何万部からのスタートで、ハネれば100万部単位が狙える。初刷3000で文庫化実績些少、しかも何を求められているのかイマイチわからないストライクゾーンの狭い老舗名門に回るのは、他人が読まない小説を好むマイノリティのマニアックな層が中心でしょう。それに、私見ではKADOKAWAから出ているライト文芸ファンタジーのトップティア作品群と、同時期に日本ファンタジーノベル大賞を取った作品群、どっちがイノベーティブだったか選べと言われたら、KADOKAWAと言わざるを得ない。

これとか。

ね。「キノの旅」や「ソードアートオンライン」こそ21世紀日本のファンタジーの進化の形だったわけですよ。巨大な市場とシーンを生み出したんだからね。外し狙いの作品ばかり集めて商業的にも外し続けたファンタジーノベル大賞なにやってたんでしょうか。『後宮小説』や『鉄塔 武蔵野線』、映画にまでなりましたよね? かつてはファンタジーノベル大賞って売れる賞だったんですのよ。

でも、よく見ると今の日本ファンタジーノベル大賞、最終審査は森見登美彦と恩田陸とヤマザキマリ(去年までは萩尾望都)という、大ベストセラー作家たちがやるんですよね。そこだけ見れば「森見登美彦や恩田陸っぽい売れ線のエンタメを選ぶ賞なのか?」と思うじゃないですか。ところが新潮社の中の中間審査でたぶん売れ線エンタメのポテンシャルがある作品は全部落として、便秘をこじらせたような陰キャのもやもやエンド作品ばかりを最終に上げている。コンセプトが一貫していない。だって今の森見や恩田が書くような小説がファンタジーノベル大賞から出てきてないんだもん。

キャラ小説特化のエンタメを書く名手・大塚已愛の『鬼憑き十兵衛』を大賞に選んだ年もありましたが、結局上手く売ることが出来なかったという実例もあって、とにかくもったいないです。名門ブランド、超有名作家たちの審査を兼ね備えていて結果が低調の極みですからね。

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大胆なリブランディングが必要だと思いますけども。エンタメをやるならエンタメを最終に上げるべきだし、今までの延長線上で続けるなら森見・恩田・ヤマザキという審査員はコンセプトがズレているんじゃないでしょうか。

個人的には賞の出発点に戻って、イノベーティブな、斬新な、「これがファンタジー小説なのか?」とびっくりするようなエンタメを発掘する賞であって欲しいですね。市場で主流のファンタジーではKADOKAWAに絶対勝てないんで。