「黒ずくめの服装で痘痕顔で双剣を使う殺し屋」と「ラクダと旅するヒッピー」

湖賊』は今朝の更新でいよいよ謎の怪人「黒ワニ」が出てきましたね。彼のモデルは、私が2005年に翻訳したスペインの冒険小説「アラトリステ」に登場する「黒ずくめの服装で痘痕顔で双剣を使う殺し屋」のグァルテリオ・マラテスタです。

彼はこんな感じの人。私、大好きなんですよ。

 冷たい霧雨が空き地を覆う敷石を濡らし始め、すぐに小雨になって、辺りの建物のファサードに灰色のベールをかけた。足元の濡れた敷石に映る建物の影も、だんだんはっきりしてきた。私は自分の足の間の敷石に建物の輪郭が描かれていくさまを眺め、時間を潰していた。ティルリ・タ・タという、聞き憶えのある口笛が聞こえ、敷石に映った灰色と黄土色の建物の影の中に動かない暗い陰影が現れたのは、その時だった。目をあげるとそこには、紛れもないグアルテリオ・マラテスタの黒い姿があった。彼はいつものマントと帽子を身にまとっていた。

 

「霊魂の扉」以来の仇敵を目の前にした私は、反射的に逃げ出すことを考えた。しかし、私の体は動かなかった。あまりの驚きに言葉も出ず、体は硬直したままだった。マラテスタの暗い瞳は私を見つめたままだった。ようやく我に返った私の頭の中には、明確な、そしてほとんど相反する二つの考えが浮かんだ。一つは逃げること。もう一つは、短い外套の下、ベルトの後ろに隠し持っていた短剣を抜き、我らが仇敵の腹に突き刺すことである。しかしマラテスタの態度に何かを感じとった私は、どちらも思いとどまった。マラテスタは例の黒いマントと帽子を身につけており、頬がこけて痩せた顔はあばたと傷跡だらけだった。彼はいつものように邪悪で剣呑な雰囲気を漂わせていたが、しかし彼の態度から差し迫った危険は感じられなかった。私がそんなことを考えていると、不意に誰かが刷毛を使って彼の顔に白い絵の具を一塗りしたかのように、マラテスタの顔に微笑が浮かんだ。

「誰かを待っているのか」

私は答えなかった。柱石に座ったまま、私は彼を見つめていた。雨粒が私の顔をつたっていた。マラテスタは、帽子の広いつばやマントのひだに、やはり雨の雫をためていた。

「そろそろ出てくるはずだ」

しばらくしてマラテスタは、例の耳障りな声で静かに言った。彼は私を見つめたままだった。やはり私は返事をしなかった。マラテスタは私の背後、それから辺りを見回し、最後に王宮のファサードを見やった。

「俺も奴を待ってたのさ」

マラテスタは王宮の門を眺めたまま、なにか考えているようにして付け加えた。

「もちろんお前とは違う理由でだがな」

彼は物思いにふけりつつも、状況をどこか楽しんでさえいる様子だった。

「違う理由で」

マラテスタは繰り返した。

馬車が一台通り過ぎた。御者は、蝋で防水したマントに身を包んでいた。私は乗客を確認しようとしてそちらに目をやったが、アラトリステではなかった。私の横では、まだマラテスタが私を見つめていた。不気味な笑みはそのままだった。

「心配するな。ちゃんと自分で歩いて出てくるそうだ。自由の身になって」

「どうしてご存知なのですか」

そう尋ねながら、私は短い外套の下の短剣に用心深く手をやった。私の動きに気づいたマラテスタの笑みは、大きくなった。

「そうだな…」

マラテスタはゆっくりと続けた。

「俺があいつを待っていたのは、伝言をするためだった。だが、その必要はないと今さっき言われた。今のところはな…。無期延期だ」

私があからさまに胡散臭そうな顔をしたからか、マラテスタは笑い出した。木が割れる時の音のような笑い声が、ピシピシと鈍く響いた。

「小僧、俺はもう行く。やらなきゃならんことがあるからな。だが、お前に一つ頼みがある。カピタンへの言伝てだ…。いいか」

私は胡散臭そうな顔でマラテスタを見つめるだけで、返事をしなかった。彼はもう一度周囲を見回した。大きなため息が聞こえたような気もした。それはまるで、自分自身についたため息のようだった。少しずつ強まってくる雨の中、マラテスタは黒い影のように動かないままだった。マラテスタも疲れているようであった。悪人も善人も、同じように疲れるのかもしれない。私は一瞬思った。つまるところ、自分の運命は誰にも選べないのだ。

「カピタンに言ってくれ」

マラテスタが言った。

「グアルテリオ・マラテスタは、例の件を決して忘れないとな。人生は長い。俺達はまた会うだろう。俺はもっと腕を磨いて、お前を殺すつもりだ、とも言ってくれ。感情や怨恨は脇に置いて、然るべき時に然るべき場所で、ゆっくりとな。これは個人的な問題なのだ。玄人としての問題でもある。玄人と玄人の問題といえば、きっと全て解るはずだ…。伝えてくれるか」

稲妻のように危険な白い光が、再び彼の顔を横切った。

「全くお前は、良くできた坊やだよ」

マラテスタは灰色の雨に覆われた広場のどこかを凝視したまま、物思いに沈んでいた。やがて彼は立ち去るような素振りを見せたが、もう一度立ち止まって口を開いた。

「それはそうと…」

彼は私の方を見ないままに付け加えた。

「『霊魂の扉』でのお前さんは、大したものだったぜ。あそこからピストルをぶち込むとはな…。全く。アラトリステは、お前のおかげで命拾いしたと思っているだろうな」

マラテスタはマントのひだの雨雫を振り払い、顔を覆った。彼の漆黒の瞳が漸く私を見た。

「俺たちはまた会うだろう」

そう言って彼は歩き始めたが、突然立ち止まると、こちらを半ば振り返った。

「だがな。本当は今、お前を始末しておくべきなんだ。お前が子供のうちにな…。一人前になったお前が、俺を殺す前にだ」

そして私に背を向けたマラテスタは、またいつものように暗い影となって立ち去った。雨の中を彼の笑い声が遠ざかっていくのが聞こえた。

(アルトゥーロ・ペレス=レベルテ「アラトリステ」エピローグより)

マラテスタ(Malatesta)という名前はイタリアのもので、リミニの貴族だったマラテスタ家が有名ですが、個人的にはこのグアルテリオ・マラテスタと、それからE.L.カニグズバーグの小説『800番への旅』に出てくるヒッピーのパパのイメージが強いですね。どちらも私のお気に入りのキャラで、「黒ワニ」さんの原型になっています。