太刀川英輔『進化思考』を巡る論争のログをやっと読み終わったので個人的なまとめ

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伊藤氏・松井氏による批判論集が出版された。

太刀川英輔『進化思考』と,デザイン学/生物学研究者らの批判,著者からの応答など

やっと最後まで読み終わった。

この膨大なログを読んでいる時間がある人は少ないと思うので(私ですら3日かかった)、サマリーを書いておきます。

【ことの経緯・時系列順】

・2021年4月にかなり有名な中堅デザイナーの太刀川英輔氏が『進化思考』という本を出した。

・いわゆるクリエイティブ業界ではこの本は非常に高く評価された。

・一方、進化という言葉がタイトルにも文中にも多用されていることから、進化に関連する研究をしている自然科学系の研究者たちが本書をチェックし、学術用語としての「進化」とあまりにも異なる太刀川氏の用法を問題視して批判を開始。

・2021年7月21日付けnote 「進化思考」のモヤモヤポイントまとめ」

・2021年7月22日付けfacebook

・2021年8月2日付けnote 「進化思考」を読んで誤読してしまったポイントとその改善案まとめ(追記あり)

・2022年4月22日公開文書 『進化思考』批判

・2022年6月に日本デザイン学会でこの本を厳しく批判する学会発表が行われる。

スライドはこちら

・著者の太刀川氏はこれを「誤解」「誤読」「名誉毀損」として、学会事務局に学会発表の撤回を公開書簡にて申し入れる(現在は限定公開状態)。

・これに研究者側が強烈に反発。日本工営株式会社中央研究所林亮太さん『進化思考』における間違った進化理解の解説

・2022年7月末、太刀川氏は様々な批判を取り入れて『進化思考』のアップデートを行うと表明。広く協力を募る。『創造性の誤解を解く鍵としての進化論』

・呼びかけに応じた静岡大の後藤寛貴助教(進化生物学)を太刀川氏は即座にブロックし、批判勢力との対話を拒否する姿勢を鮮明に。

・2022年8月8日、『進化思考』の影響力は限定的なのでそこまで心配する必要はないのではという意見を林亮太さんが厳しく批判。

・林さんに同調して今度は社会学への攻撃が始まる。

・人格攻撃への懸念

・商標登録していた

x.com

・塩谷舞さん本格参戦で議論再燃

【何が問題だったのか】

[研究者サイドの主張]

・太刀川氏は進化についての学術用語の誤用が目立ち、本書の影響力を鑑みると進化についての誤解を広めるので、その部分を修正されてはどうか。

・思考法の本としては興味深い点も多いので、もったいない。

・科学的に問題がある本を使って高額なセミナーを開催するのは倫理的に些か問題があるのではないか。

[太刀川氏サイドの主張]

・批判はありがたいが言い方が無礼である。

・進化については知人の研究者にチェックしてもらっており、概ね問題無いとの見解を得ているので、批判側の誤解である。「とある進化生物学者のコメント

【私の所見】

・本書は「海士の風」という隠岐の島にあるたった2人の社員の出版社から出たもので、学術的な部分のチェックやケアができる編集者がいなかったと思われる(社長はトヨタ出身、もう一人は人材サービス会社でマーケティングをしていた人とのこと)。

・太刀川氏がアカデミック業界のものの見方や考え方を全くご存知無かったようで、批判者に直接回答したり反批判の文書を公開するより前に学会運営に圧力をかける、批判者に影響力がある偉い人たちから謝罪が届いているとほのめかす、批判者からの質問を無視してブロックするなど、それをやると余計に相手が闘志を燃やしてしまうような対応を重ねている。両者の文化があまりにも違い過ぎる感。

・批判勢力の側も、全員とは言わないが一部の論客には過度に挑発的なフレーズが目立つので(アカデミック世界の住人に対してであればぎりぎりアリなのだが、アカデミック世界の外にいる人に対しては多分やり過ぎ)一旦、剣を鞘に収めた方が良い。

・編集者が企画段階で監修を入れる提案をすべきだっただろうし、論争が燃え上がった後も冷静な介入をすべきだったのではないだろうか。

・太刀川氏は「とある心優しい進化生物学者」が代わりに反批判を行ってくれたとしてgoogle documentで公開しているが、名前も所属も不明の人間の主張が考慮されるのは、完全にアカデミックのルールに従うなら中立の編集者が間に入った匿名査読者の場合だけ。これは編集者が(建前上は)中立であるということで最低限、匿名でも編集者を介して専門性を担保するアカデミックな実績の確認や公平な意見のやり取りが出来る(はずだ)からだが、今回は匿名の人物の意見を紹介しておられるのが論争の一方の当事者である太刀川氏なので、当該の人物が実在するのかどうかすら太刀川氏以外には検証出来ない。

・せめてその「心優しい進化生物学者」氏が直接ツイッターなりnoteなりに固定ハンドルネームで登場して、伊藤先生や松井先生や後藤先生と議論をされるのであれば最低限の信頼性の担保は出来ると思う。(もちろんベストなのは氏名と所属を明らかにしての議論。「心優しい進化生物学者」氏も研究者であればそれが最善であることはおわかりのはずかと)

この批判は、実はとある心優しい進化生物学者がブログの存在を教えてくれ「この批判者が何を間違えていて、どこが正解なのか」の査読をすぐに送ってくれたんです。なんて優しいんだ…。進化思考は紛らわしいけど、批判されるほどではないよ、と読みました。勉強になる…。こちらです。

この適正なジャッジのおかげで僕も理解が深まりました。この批判者も先の批判論文やdagaraptorさんと近い誤読なので、ここが分かりにくいのか、と改めて気づきました。

・また、太刀川氏は正体不明の「心優しい進化生物学者」氏の意見を「適正」と評価しておられるが、その判断はこうした論争においては当事者ではなく中立の第三者が行うべきもの。

・スパンの短いコンテンツビジネスとしては、批判勢力をブロック&完全無視は一つの正解だが、これは太刀川氏とアカデミック業界の完全決裂をほぼ意味するので、将来的に太刀川氏がアカデミック分野で仕事をする可能性に大きな悪影響を与えるだろう。

・多分、有益な内容もそれなりに書かれている本なので、このまま批判を無視して押し切るよりも、双方ともアタマを冷やしてから誰かの仲介で冷静に意見交換を(クローズドな場所で)行うのが、最も建設的なのではないか。

・私なら批判勢力を丸ごと仲間にして共同研究プログラムを立ち上げ、「初期進化思考」から大幅にアップデートされた「第二期進化思考」への跳躍を狙う。越中詩郎と誠心会館の抗争から反選手会同盟結成、平成維震軍爆誕みたいで激アツ展開であり、話題性も抜群で全員が得をするだろう。

私のイメージとしては太刀川さんが越中詩郎で伊藤先生が青柳館長、松井先生が齋藤彰俊です。