小川公代『ケアの倫理とエンパワメント』書評

小川公代『ケアの倫理とエンパワメント』読了。

あまりケアの話には深入りしていないように思うが、クイア文学論としてはまあまあ面白い。アンデルセンが両性愛者だったかもしれないとか、「人魚姫」がその影響を受けていたかもしれないという話は初耳でした。

國分功一郎の「中動態」とか伊藤亜紗の『手の倫理』とか北村紗衣とか、国内人文論壇的に最近バズったネタを取り込もうとしている箇所もあるんだけど、あまり必要性を感じなかった。タグ付けでの読者層の横展開狙いの書き方がこんな堅い文芸評論にまで入り込んでいるのか、という感想。

それと3章の温又柔『魯肉飯のさえずり』に出てくる日本人の夫が家父長制的で困ったやつだという話になっているのだが、家父長制的で困ったやつに見えるように造形されたフィクションのキャラの行動を批判してもしょうがないんじゃないのか?

少なくとも文芸批評というレベルでフィクションのキャラの行為行動を見るならば。作者がそれによって何を表現しようとしたか、その表現は成功しているのか、といったところを見るべきで、このフィクションキャラは家父長制でけしからんなんてことを21世紀に意図的に書かれた小説のキャラに対して言ってもしょうがない。

「優柔不断で自己決定能力に欠けている性質(中略)がある人物は長らく《ヒーロー》にふさわしくないと考えられ」(P180)というところもひっかかる。小川公代は私より一つ年下だがファーストガンダムもエヴァンゲリオンも仮面ライダー電王も知らないんだろうか。

全体的に今ひとつピントが甘い感じの本だった。ケアの話がほとんど出てこないし。巷で言われているほど凄いとは思わないが(あれは相互神輿マーケティングだからね)、クイア文学論のとっかかりとして、神輿で増量された分をきちんと差し引きして読む読み方をするなら悪くない本だと思う。

そういう読み方を指導してくれる先生が身近にいるかとなると、今の日本ではそれなりの大学でないと難しいだろうけれども。