マリオ・バルガス・リョサ『ケルト人の夢』読了。博士課程でお世話になった野谷文昭先生の翻訳。
面白い面白くないとか、感動したしないというよりは、とにかく凄い本でした。アイルランド系イギリス人外交官のロジャー・ケイスメントの伝記小説で、彼がコンゴとペルーで植民地支配の収奪を告発して勲章を得た後にアイルランド独立運動に身を投じて刑死するまでの話。
人権活動家の戦いと悲劇的な死という単純な筋立てではなくて、帝国主義、資本主義、キリスト教(国教会とカトリック両方)、同性愛、愛国心、民族主義、ロマン主義といった大きなテーマが重層的かつ精緻に組み合わされていて、ノーベル賞作家の作品ですさあ読みましょうと言われてもなかなか厳しい。特にアイルランド近現代史(少なくとも大飢饉からダブルアイリッシュ+ダッチサンドまで)の知識があると無いとでは読解のためのレイヤーが数枚違ってくる。翻訳された野谷先生はラテンアメリカ文学がご専門なので、その部分はかなり苦労されたと訳者あとがきにもあった。
読後感は「凄く面白い小説を読んだ!」ではなくてむしろ、一流の現代アーティストの個展を見終わった後のような、にわかには言語化出来ないんだけど凄い創作物群を体験したというもの。私が文学として凄いなと思うものの読後感はこれ。同時代のファインアートとして見劣りしないやつだぞ、という。
情報の密度で言えばSFマニアの作家が書いた長編SFの中にもっと「濃い」ものは幾つもあるけれど、あの手のものはマニアックな知識の量を見せつけるために書かれているきらいがあり、芸術として凄いという評価はしづらい。マニアがマニアに見せるものとして凄い。分類としてはサブカルチャー。
モヤモヤエンドとか露悪趣味とか後味悪いエンドで陰キャがゴソゴソやってりゃ文学というテンプレで書かれる「純文学」もまたファインアートというより日本独自のサブカルチャーと私は考えているのですが、マリオ・バルガス・リョサのこれはその種の悪いワンパターンに染まっていない(当たり前だ)。
久しぶりに「文学ってすげえもの作れるんだなあ」と思わされました。
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