涼元悠一『青猫の街』書評

今日はキャンプ用折りたたみ椅子を2脚、本革に張り替えて、少し昼寝をして、本を1冊読みました。

涼元悠一『青猫の街』(新潮社、1998)

1998年の日本ファンタジーノベル大賞の優秀賞受賞作です。この年の大賞は山之口洋の『オルガニスト』。当時は今と違って春先に受賞作が決まっていたので、その年の受賞作が年内に単行本で出ていたんですね。

内容は、1997年頃、インターネット黎明期に、オタクたちがアンダーグラウンドインターネットで遊んでいるうちに「青猫」という謎のキーワードを発見し、これに絡んで失踪者が何人か出る・・・というミステリー仕立てです。

主人公は27歳の独立系SIerのSE。ぷち炎上の気配を見せるプロジェクトの傍ら、アングラネットの世界に潜って「青猫」の謎を追っていくと、「青猫」からコンタクトがあり、消えた友人の痕跡を発見したところで物語が終わります。そこで終わるのかよというところで。

「青猫」というのは、今で言えばただのクラウドデータストレージサービスなんですが、当時はたしかにクラウドに重要なデータをアップして保管してもらうという発想は無かったので、秘密結社みたいなものが密かにクラウドデータストレージを運営していて、その秘密を探りに来た者を消すみたいなプロットもアリだったんでしょうね。

ネットの向こうにある謎の秘密結社という仕立てでは、何と言っても森博嗣の真賀田四季のあれが有名ですが、調べてみたら真賀田四季の組織がはっきり小説に出てきた『有限と微小のパン』が1998年なので、「青猫」とほとんど同じ時期に書かれていました。

ただし、涼元悠一は本業はゲームのシナリオライターで、この作品世界もその後、発展させることなく、1作限りで終わりとなっています。クラウドデータストレージ屋さんではさすがにね・・・・グーグルやマイクロソフトやアマゾン・・・・たしかにヤバい組織ではあるでしょうが。

というわけでプロットは大したものではないんですが、97年頃のインターネットの雰囲気が極めてリアルに描かれていて、個人的にとても懐かしく思いました。メーリスとかダイアルアップ接続とかヘボいサーチエンジンとかクラック情報の流通とか。「究極超人あ~る」とか「エヴァンゲリオン」とか「2001夜物語」のネタが随所に出てくるのも、X68000だのPC9801VM2だのMZ80だのX1ターボだのHitbitだのというレトロPCの名前が飛び交うのも、全てが懐かしい。

それからこれ、いったいなにがファンタジーノベルなのよと。あえてファンタジー臭を探すとすると、失踪した人がこっそり書いてクラウドストレージにアップしてたウェブ小説の最後がトラックに轢かれて転生開始する直前で終わってるとこくらい。

魔法も超能力も妖精も出てこない。

日本ファンタジーノベル大賞の面白いところですね。いい意味で。間口を広くとる。