書評:弘也英明『厭犬伝』

弘也英明『厭犬伝』を読みました。

2007年の日本ファンタジーノベル大賞受賞作。著者は立教の文学部卒だから私の後輩ですね(学科は違います)。初めて書いた小説が本作で、それでファンノベ大賞受賞。これ1作限りで活動を停止という、なかなかの人物です。

内容は近世日本風異世界を舞台にした対戦ホビーもの。「プラレス3四郎」「ポケモン」「ジョジョ」「ストリートファイター」あたりを上手くリミックスして適度にグロい世界観を作っています。プラレス3四郎はちょっと世代的に合わないから、ベイブレードとかミニ四駆の方が近いのかな? 文章もベテラン作家みたいな上手さです。本当に25歳が初めて書いた小説なのか?

話の展開や全体の作りは少年漫画のバトルもの、そのまんまでした。強力なライバルに勝つために修行の旅に出て師匠を見つけて鍛えてもらうとか、ライバルの使うプラレスラーがチューンナップのやりすぎでバランスが壊れて暴走するとか、ライバルの背後に闇の組織がいたとか。主人公の使うミニ四駆じゃなくてベイブレードじゃなくてプラレスラーじゃなくてまあそんなようなもの(「仏」と呼ばれるバトル用のスタンドみたいなもの)が実はラスボスになる闇組織がワンオフで特注していたもので、その納品の際に主人公(警官)が現場をガサ入れしてたまたま入手しちゃうんですね。この辺は仮面ライダーっぽいかな? Wドライバーみたいですよね。サイクロン! ジョーカー!

バトルシーンの描写にやたら力が入っていて長いわりに、それ以外の背景の設定が十分に語られないなんて辺りも少年漫画っぽいです。

ファンタジーノベル大賞に手が届いた最大要因は、この手のバトル漫画を京極夏彦やもののけ姫っぽい中世日本風異世界の世界観に移植して達者な文体の小説として完成させたことでしょう。コロンブスのたまごみたいなもので、電撃大賞ならこういうのはいっぱい応募してくるけれど、ファンタジーノベル大賞の最終選考では珍しかったんでしょうね。

話の骨格ははっきり言ってラノベです。ただ、グロ過ぎて電撃に出しても勝ちきれなかったんじゃないかな。このおどろおどろしさとか、中途半端に設定を投げっぱなしにしているところが逆に当時の選考委員(荒俣宏、井上ひさし、椎名誠、小池真理、鈴木光司)の心を上手く掴んだようです。スペック採用的な面もあったかもしれません。25歳。初めて書いた小説。結果としては弘也英明はこれ1作で活動停止なので、裏目に出たわけですが。

ちなみに商業的には同年の優秀賞だった久保寺健彦『ブラック・ジャック・キッド』の方が成功してるんですよね。あちらは文庫化されましたが『厭犬伝』はソフトカバーが出たっきり。久保寺健彦は同じ年に賞を一気に三つも取って、一躍、一線級の作家として活動を展開しましたから、書き手としての実力は言葉を飾らずに言えば久保寺の方が上だったわけです。ファンタジーノベル大賞は目新しさへの配点が非常に大きいので、こうしたことはしばしば起こります。恩田陸、小野不由美、畠中恵がいずれも大賞ではなかったことがその何よりの証拠。

もう一つ豆知識として弘也英明と久保寺健彦はどちらも立教大卒だったりします。久保寺は法学部です。