高1のときの数学Bの先生が、3月の最後の授業で、時間が余っていたのか、突然数学とは関係無い話を始めたんですよ。
1988年のことですね。
その先生、もうお名前は忘れたんですが(輪島とか麒麟児とか朝青龍とかの、とにかく力士っぽい名字だった気がする。ご自宅が御器所と赤池にあった)、第二次世界大戦が終わった時にはまだティーン・エイジャーだったそうなんですよ。1945年だから43年前?
終戦間際には米軍の機銃掃射で狙われたり、空襲ですかね、名古屋の空襲で顔面に大やけどをしたり、ひどいめに遭った。3-5月にかけて執拗に米軍の民間人への航空攻撃がありましたからね。この時に名古屋城も焼けた。
空襲で家も無くなって、半年だか1年だか数年だか、どこかの川の土手に穴を掘ってそこに住んでいた。不思議とその時には病気ひとつしなかった。
そんなようなお話でした。
高校で先生をやっているのだから、その後、大学にも行かれたんでしょうが、とにかく若い頃にそんな時期があったよというお話。
当時は、だから戦争なんかするもんじゃないよってことなのかなあとぼんやり思っていたんですが、今は
「だから人生の一時期、ポコっとブランクが空いたってどってことないんだぞ」
って話だったんじゃないかと思っているのです。
コロナウイルスによる緊急事態と休校で、やれ私学はリモートしてるとか、学びを止めるなとか、真面目な人たちが血相を変えているのですが、私が真っ先に思い出したのは、あの、終戦前後に川の土手に住んで釣りをしたり泳いだりして呑気に暮らしてたけど、楽しかったよというお話。
家庭の事情によっては家にいることがリスクだったり高ストレス環境だったりするのでしょうが、そういう問題を別にして、たかが2ヶ月3ヶ月、抜け駆けで先に行ったって長い人生、なーーーーーーーーーーーーーーんも関係ネエっす。あもう全然関係ねえ。算数だ英語だなんだより親は子どもの人間としての器をきちんと育てること考えた方が良い。
そう思っとります。
それより、この3ヶ月、退屈だったなら退屈だった、ゲームや動画に耽ってたなら耽ってたで、その時間こそ宝ですよ。自分を知るためのかけがえの無い時間になりますよいずれ。それだって学び。むしろレア度高い学び。
この3ヶ月、どれだけ楽しめたか、そこが一番重要よ。覚えときな。試験には出ないけどな。
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