「先生は相変わらず推進力が強すぎる」

教え子に笑われた。

「先生は相変わらず推進力が強すぎる」

もちろんNovelJamで作った作品の売り込みに行ったのである。

「先生、小説の編集なんて出来たんですか?」

よくわからんけどやれていると思うよ。

「よくわからないまま突っ込んで行ったんですね」

そうそう。ついでに英語版の編集もやった。最後までやったのは史上初のはず。

「先生くらい色々出来ないとフリーランスなんてなれないんだろうなあ」

それは違う。逆。フリーランスに向いているのは、私はこれしかやれませんが、これに人生かけてますって言える人。何でも出来る人は日本では居場所が無いよ。

「ああ・・・・」

一瞬で納得された(笑)

私は何でもやっちゃいますし、そこそこ何でも出来ちゃいますから、手先は器用です。

逆に、商売は不器用。「大人の事情」に配慮しないから。

本当にやむを得ない事情にはもちろん配慮しますよ。本当にやむを得ない事情というのは、概ね、社会学の調査倫理で配慮すべき事情と一致します。身体のことや病気のこと、民族や宗教のこと、家庭のこと。そういう、当事者のアイデンティティに直結する事情があるところは私は切り込みません。不可視化するのも実は上手い。

私が相手にしない「大人の事情」ってのは、そもそも誰かがズルをするためにあって、そのおこぼれに期待する誰かたちが一緒になってそれを守ろうとしているもの。

反論するようですが、僕は常に思うんですけど、ユーザーである子どもたちの視点で見れば、話を聞いた瞬間に良いか悪いか、すぐ判断できるんですよ。それなのに時間がかかったり躊躇(ちゅうちょ)したりするのは、目の前のメーカーと一緒にやっているってことの信義則だとか、そういった大人の事情を一方で考えちゃうんですね。それで判断が鈍ったり、返事がヌルくなったりするっていう部分があると思うんです。

出典

この発言に共感します。

キュウレンジャーに出ていた岸洋佑さんが、仮面ライダーグリスの武田航平さんとの対談で「俺の中でヒーローはオヤジ」(岸さんのお父様は故人)と発言しておられるのですが、私は私で、息子や教え子たちにとってのヒーローであり続けるというのを唯一絶対の行動規範にしています。武田航平さん演じる仮面ライダーグリスみたいに、ダサいところは徹底的にダサくても良いから、ヒーローとして戦わなければいけないところでは退かない。

仮面ライダーグリスだって最強フォーム(パーフェクトキングダムフォーム・グリスブリザードフォーム)以外での戦績は決して良くはないです。あっという間にやられて変身解除を食らうことも多い。だから、ヒーローは負けても良いんです。でも大人の事情に負けたらあかん。ダメなものはダメ、おかしいものはおかしい、胡散臭いもんは胡散臭い。それくらい、誰だって言えるでしょ。言わないと。

それを言わないことで失うものは、案外大きいよ。