甲斐徹郎『自分のためのエコロジー』(ちくまプリマー新書)

 本の紹介です。

甲斐徹郎『自分のためのエコロジー』(ちくまプリマー新書、2006年)

 「南山・何でも検証ワークショップ」に再来月登場予定の甲斐さんの著書ですね。

 本の前半はコーポラティブ住宅「経堂の杜」で実験された様々な環境共生住宅のアイデアの紹介となっています。甲斐さんのプロデュースする環境共生住宅のハード面での基本的なアイデアは以下のようにまとめられるでしょう。

*住宅の外側の環境をコントロールすることで、住宅内の環境を快適なものに保つ。
**樹木や蔓植物を外壁の周囲に配することで、外壁の周囲の気温を下げる
**ベランダや窓など輻射熱源となりうる部分は庇や「緑のカーテン」で直射日光からガードする
**建物の北側には木立を確保し、建物の屋根に換気口を設けることで、北側木立で生成された涼気を建物内に巡回させる

 注目すべきなのはここからで、こうした条件を成立させる為、つまり自分が得をするためにコミュニティを形成するという考え方です。上に挙げたような条件は、甲斐さんがプロデュースした「経堂の杜」「欅ハウス」など世田谷区内の一等地で戸建て住宅に応用しようとすると、地価の問題でかなり相当メチャクチャに高価なものになります。特に住宅北側の木立のボリュームの確保は難物でしょう。

 そこで甲斐さんは、何世帯かが集まって、共同で空調装置としての木立を確保するという戦略を提案します。これは南山東部地区区画整理組合の都市設計担当である宇野健一さんが考えている「コーポラティブ住宅方式でのコモンズ住宅」と極めて似た概念です。

 甲斐さんが面白いのは、コーポラティブ住宅建設に参加しようとする人々に「自分が得することだけを考えてくれ」「コミュニティをつくろうとする必要は無い」とアナウンスしてしまう点です。甲斐さんの理屈はこうです。無理にコミュニティをつくろうとすると、個性の違いがぶつかり合って感情的対立に発展し、収拾がつかなくなる。それよりも、「集まって住めば全員が得をする」という一点に注目して、それぞれが「得することだけ」を追求すれば、結果として緩やかなコミュニティが生まれるはずだというのです。

 甲斐さんプロデュースのコーポラティブ住宅でも、宇野さんプロデュースのコーポラティブ住宅でも、住人たちが非常に良いコミュニティを「結果的に」生み出していることは繰り返し指摘されています。
 
 ちなみに「南山の自然を守り育てる会」の「里山コモンズ住宅」もそれらの事例を参考に立案されているものですが、私が「南山の自然を守り育てる会」の考え方に違和感を抱くのは、現状では「里山コモンズ住宅」が「コミュニティ形成の手段」として語られている部分です。先日のワークショップでも私と菊地会長が一番対立したのは、「コミュニティ」を重視する菊地会長に対して、私が「確実に出来るかどうかもわからないコミュニティを売りにすることは可能なのか?」と疑問を呈した議論でした。

 「南山の自然を守り育てる会」の語る「里山コモンズ」からイメージされるものは、例えば「となりのトトロ」に登場する狭山丘陵周辺の1950年代の農村コミュニティです。ただ、「となりのトトロ」コミュニティはやはりノスタルジックに美化されていますし、ああいったゲマインシャフト(自然に出来上がったコミュニティ)を人工的に創り出そうという試みそのものが何かこう、不自然な気がするわけですよ。それよりも私は甲斐さんが提唱する、「みんなが得をするための新しいコミュニティ」というコンセプトの方がスムーズだと思います。
 「南山の自然を守り育てる会」の「里山コモンズ」コミュニティが人工ゲマインシャフトという、そもそも概念的に矛盾しているものであるとすると、甲斐さんの方は「快適で省エネでエコロジカルな住環境を手に入れる」という目的、そして利益の為に生まれるゲゼルシャフト(何らかの利益や目的の追求という一点で結びつくコミュニティ)という非常に明快なものです。

 「いなぎの未来を考える市民会議」でも私は「コミュニティ形成そのものを目的とするのではなく、何故コミュニティ形成が必要なのか、コミュニティをつくろうとする目的を説明すべきだ」と指摘して、しかしどうしても理解してもらえなかったのですが、近年「コミュニティはそれ自体が自明の価値を持つ」という、コミュニティ原理主義とでも呼ぶべき風潮が生まれているように思います。しかしコミュニスト(共産主義者)の国家ならともかく、日本はそういう主義を暴力的に国民に押しつけている社会ではありませんから、ゲマインシャフトを人工的に創ろうという試みは多分失敗すると私は思うのです。

 何故コミュニティ形成が必要なのか? それはコミュニティ形成によって各人が得をする為であり、得にならないコミュニティはもはや日本では成立しえない。そこをクールに見切った甲斐さんの眼力には感服します。

 ということでこの本は後期の私の演習の教科書の1冊に決定。