『影との戦い』(The Wizard of Earthsea) 書評

順番は前後しましたが、『壊れた腕輪』が結構面白かったというか、私の好みにマッチしていたので、遡って1作目も読みました。

いわゆる「ゲド戦記」(岩波の社員が適当に考えたシリーズ名なのだそうです)のエピソード1。

主人公は魔法使いとしての素質豊かな少年ハイタカ(Sparrow Hawk)。

彼は探究心や好奇心が旺盛な少年で、村の呪術師に簡単な手ほどきを受けると、どんどん魔法の腕を上げていきます。あるとき、村に隣国からバイキング風の略奪者が攻めて来たのですが、ハイタカは幾つかの呪文を自己流で組み合わせてこれを撃退するという大手柄をあげます。

ここまで読むと、よくある魔法使い系ジュブナイルのあらすじなんですが、いわゆる「ゲド戦記」と何度も書くのが億劫なのでもう「アースシー」と呼ぶことにして、アースシーの世界では、強力な魔法を使うと術者は体力を消耗して、数日間寝込むとか、そのまま死んでしまうことすらあるのですよ。

ハイタカもこの時の術で消耗して死にかけるのですが、同じ島に住む高位の魔法使いオギオン(Ogion)が現れてハイタカを回復させます。そのままハイタカはオギオンに弟子入りするのですが、わざとらしくハイタカが触れるところに置いてあった魔術書をうっかり読んでヤバい黒魔法を発動させかけるとか、前半は安直に話を進めるための浅いプロットも目立ちます。そんな危ないものちゃんと鍵かけてしまっとけっての。

結局ハイタカは、魔法使いとしてより高度で、なおかつ正規の教育を受けるために、別の島にある「学院」に入学します。

はい、今やファンタジーもののテンプレ中のテンプレ、「魔法学院」の元祖はこの作品なのですよ。

で、ハイタカは魔法学院(もうこう書くだけでなんか恥ずかしくなるのはル=グウィン先生のせいでもJKローリング女史のせいでもないです。全部日本のラノベのせい)でも別格の才能の持ち主として頭角を表して。

ほら、サッカーとかいきなり圧倒的に上手いやつっているじゃないですか。異世界から転生してきたチート属性みたいなやつ。ハイタカくんもその類で。って書くといかに現代ファンタジーラノベの原形がここに詰まっているかわかろうというものですが、上級生のヒスイくんに目をつけられて事あるごとにいじられます。

やがてハイタカとヒスイの小競り合いは全面対決となり、ハイタカはオギオンの魔術書で読んだ黒魔法を今度こそ発動させて、異世界から魔物を召喚してしまう!

学院は阿鼻叫喚! 院長先生が魔物と刺し違えてなんとか魔物を退散させるも、魔物は異世界には帰ることなく、こちらの世界のどこかで常にハイタカを取り込もうと付け狙う・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんだこれ。

ラノベかよ。

はい、いかに現代ラノベが以下同文。

だって宮崎駿とJKローリングとスターウォーズが直接の影響受けてるんだから、もうアースシーの影響を受けずに何かファンタジーを書くほうが難しい。

Reading it now, that monologue strikes one as eerily similar to the old, cranky Luke Skywalker we meet in self-imposed exile in Star Wars: The Last Jedi. Like Ged, Luke worries that all his years of struggle and sacrifice ultimately failed to make the world better (and he frets about these worries on a rocky island one could easily imagine finding in the Earthsea Archipelago). Luke destroyed the Death Star, redeemed Darth Vader, and overthrew the Emperor, but in his failure to keep young Ben Solo on the path of light, didn’t he end up just reproducing the very evil he fought against for so long? Similarly, Ged wonders whether his various battles against evil actually helped Earthsea at all. Both of these stories are startling; watching characters we first met as swaggering heroes confront obsolescence and futility is meant to be an unsettling experience.(出典

ただし、ただしですよ。

『影との戦い』の文体やディテールの作り込みは、ラノベとは正反対です。

魔法を使うたびに体力を凄まじく消耗するので、ハイタカくんは常にピンチ。それも敵との戦闘で魔法を使って体力を失うのではなくて、敵から逃げるとか、敵を追跡するための移動が一番体力を削るという話。穴あきのボロ舟に浸水しないように常にMPを使うので、陸地についたら疲れ果てていて動けないとか。

また、ラスボスとなる魔物はハイタカくん以外にはほとんど害を加えない子なので、地域住民はハイタカくんを応援しない。だから追跡のための補給に苦労するとか。

地味だ。

日本ファンタジーノベル大賞に出したら二次で落とされるやつだ(褒めている)。

電撃文庫とかジャンプ小説とか一次すら通らんやつだ(褒めている)。

最後のラスボス戦も地味ですよ。中盤、9匹の竜を10ページで対峙したゲドさんですが、魔物には基本的に物理攻撃も魔法攻撃も効かないので、最後は舌戦で倒す。マジで。冗談じゃなくて。私は6割くらい読んだところでラスボス戦の必殺技は予想出来ましたが(当たりだった)、これは「なろう」に投稿されたとしてもほとんど読者がつかない地味さだよ(褒めている)。

さて、そんな地味地味な「アースシー」ですが、私はかなり好きです。

ラスボス戦がくっそ地味なのが良い。『壊れた腕輪』もラスボス戦は地味だったし(敵の精神攻撃に耐えながら地下ダンジョンを脱出するだけ)。

結局、「アースシー」世界ではヴォルデモートみたいなわかりやすいラスボス、こいつを倒せばとりあえず解決という明確な敵はいなくて、才能ある若者がいかにして闇落ちを回避するかがテーマなのですよ(ウェブの匿名レビューを見ると、まるで前半のハイタカくんが才能を鼻にかけた嫌な奴で、やらかして当然みたいな読みが溢れてますが、いやいやいやいや、ハイタカくん全然控えめ。お前らリアル中2の時代を思い出してみろっての。誰だって自負も嫉妬もあったろうが。ユーフォニアムの麗奈ちゃんの方がよっぽどだぞ。え?)。

右肩下がりの日本の出版業界ではもう、こういう地味地味地味なファンタジーを大手で書かせてもらえる可能性があるのは、名前だけで増刷決定の村上春樹や上橋菜穂子や小野不由美みたいな人だけだと思いますが、非営利のウェブ小説やセルパブならば、ランキングを気にしなければこういうものだって書けるので、そちらの方でこういうファンタジー小説を発見されたら、是非お知らせください。

読みたい。