神林長平『グッドラック 戦闘妖精・雪風』書評

医者の待合室で、親子三代東大卒の芸人凄いという番組を見てるんですが、日テレの正社員なんかその手の人ばっかりじゃないんですかと思うのです。

さて、それにしても長い長い待ち時間だったので本を2冊読み終えてしまいました。そのうち1冊のご紹介。

長い長い待合室での時間に読み終わった本のご紹介。

神林長平『グッドラック 戦闘妖精・雪風』(早川書房、1999/2003年)

著者は日本のSF小説の大家の一人です。これは1979年に連載が始まった一連のシリーズの、言わばシーズン2。最初の単行本は1984年に出ていて、15年ぶりの2作目という位置づけでした(それを18年後に読んでいる私です)。

舞台は近未来の地球と異星。地球人がジャムと呼ぶ謎の異星の生命体(らしきもの)があるとき南極に異星からの通路を構築して侵入してきたのですが、人類はこれを何とか撃退。逆にジャムの本拠地(らしい)異星に侵攻するも戦況は膠着して何十年・・・という状況です。

何しろ敵であるジャムが一体どんな存在なのかさっぱりわからないので、地球軍は徹底的にジャムの情報を収集しています。そのために編成されたのが「特殊戦」と呼ばれる、偵察専門の飛行隊です。偵察専門とはいえ、必ず帰還しなければいけないので、通常の戦闘機や爆撃機よりも遥かに高性能(速度、航続距離、格闘戦能力、物理的な攻撃能力、電子戦能力)な偵察機を与えられています。

その「特殊戦」でも最も高い実績を誇るのが「雪風」と名付けられた機体と、そのパイロット深井零です。

1作目では雪風のAIが深井零の思考や戦闘時の操作を学習し、ついには深井零を自分の任務に不要なものとして切り捨てるまでが描かれていました。

え、どゆこと?

つまり、雪風の任務は「ジャムとの戦闘に必ず生き残り、情報を収集して帰還すること」なので、そのためにパイロットが不要と雪風のAIが判断した瞬間、雪風のAIはパイロットをシートごと射出してしまったんです。

今流行りの「AIが人間の仕事を奪う」どころではない。プロジェクトの中でAIが人間を不要と判断したら、AIが人間を切り捨てるというお話。

でもそんなこと何故AIがしちゃうの? というところがおそらく2作目のテーマですね。

2作目の冒頭、雪風はAIで自律的に動く無人機として出撃しています。しかし戦い方を変えてきたジャムに苦戦し、一度は切り捨てた深井零を再びパイロットとして呼び戻します。

物語が進むにつれて、実はジャムは人類ではなく人類の兵器のみを敵と認識していた可能性が浮上し、それが最近になって人類を敵の一部として認識しだした可能性が語られ、戦死した地球軍の兵士の意識をコピーした自律行動するドローンを多数、地球軍に潜入させている疑いが生まれます。

しかし、ジャムの目的は相変わらず不明なままです。

そうこうするうちに、ジャムにハッキングされた地球軍のコンピュータが嘘の情報を流し、地球軍に特殊戦を攻撃させてしまいます。その目的はおそらく、特殊戦の保有する兵器の中で唯一、意識を持つ機械生命体に進化を遂げたらしい雪風を引きずりだし、それとコンタクトすること。何故ならば、雪風もまた、人類とは異なる自分自身のプロジェクトを持ち、そのために動いているように思われるから。

ここで2作目は終わり。

軍の特殊部隊用の高性能AIの中に知性が発生し、独自の目的(生命体としての進化)を追求しはじめるというプロットは、1989-91年に発表された士郎正宗の『攻殻機動隊』を思わせます。雪風の1作目ではまだそこまで明確に知性という描写はされていなかったのですが、今作では特殊戦はまるで公安9課です(雪風はフチコマ/タチコマと違って絶対にやられないヒーローメカですが)。

「攻殻機動隊」シリーズとの比較で言うと、「雪風」の最大の面白さは、敵である(はずの)ジャムのやりたいことが相変わらずさっぱり見えないところですね。ジャムは確かに人類の兵器は攻撃する。ですが、どうやらジャムの存在形式は有機体ではなく雪風と同じような電子情報空間内の知性のようでもあります。

そして、ジャムがしようとしているのは、雪風と戦い続けることでお互いに進化していくことかもしれない、という推測も語られます。

なんといいますか、ジャムって電子情報の世界の微生物という感じですね。それが人類の兵器を自分の同類と認識して、戦いながら生態系を作ってお互いが進化する。人類はあくまでも兵器を作って整備するための副次的存在として見られている。この辺の振り切り感は、「攻殻機動隊」シリーズよりもさすがに遥かに行っちゃってます。

3作目も出ているそうなんですが、まだ完結していないらしく、そろそろ終わらせないとあかんのとちゃいますか神林さん。