ローズマリー・サトクリフを集中的に読むキャンペーン
ローマン・ブリテン・シリーズで最後にご紹介するのは、イルカの紋章のアクイラ一族の物語で古い方から3番目。『銀の枝』の46年後である西暦342年から343年にかけてのお話。『ともしびをかかげて』の64年前です。
『辺境のオオカミ』(Frontier Wolf, 1980)
本作はサトクリフのローマン・ブリテン・シリーズの中では書かれた時期が比較的遅く、1954年の『第九軍団のワシ』から1963年の『落日の剣』の間に『銀の枝』『ともしびをかかげて』『夜明けの風』が集中的に書かれたのに対し、ここだけが1980年出版とポーンと飛んでいます。
しかしながら、サトクリフのシリーズ構成は本当に良く出来ていて、年表順で一つ飛ばしの『第九軍団のワシ』と本作、『銀の枝』と『ともしびをかかげて』が、いずれも相似形のプロットを持たされていることに気づきます。
すなわち
『第九軍団のワシ』と『辺境のオオカミ』では、主人公は百人隊長として戦って敗北した後に、北の先住民世界への冒険行を経て名誉回復に成功し、親友を得ます。
『銀の枝』と『ともしびをかかげて』ではドーバー海峡を望むルトピエのローマ軍の城塞から物語が始まり、主人公は大陸への渡航という選択肢を捨ててブリテン島南部でサクソン人と戦う道を選びます。
このプロットの繰り返しの中で、アクイラ家の帰属はローマ世界からブリテン先住民の世界へと、揺れ動きながらも移っていくのです。
本作では主人公アレクシオス・フラビウス・アクイラは北の辺境で、先住民の傭兵部隊の司令官としてローマの北辺を守り、先住民文化を尊重しながらローマと先住民の間を取り持とうと苦心するのですが、心無い本国人の言動に怒った先住民たちが武装蜂起し、数に劣るアレクシオスの部隊は南へ南へと厳しい撤退戦を強いられます。
この戦いを通してアレクシオスはリーダーとして成長し、皇帝直属部隊への転属を打診されるに至ります。しかし、ここでもアクイラ家の軍人として彼はブリタンニアに残り、先住民部隊の総司令官となって、先住民たちとローマの融合を目指す道を選びます。初代マーカス・フラビウスから214年が経ち、アクイラ家の軸足はもはやほぼケルト人です。ケルト語もバリバリしゃべります。
1980年というと世界的にもポストコロニアル文学の時代に入っており、サトクリフもまたアクイラ家とケルト系先住民の融合を描きたくなったのかもしれません。