何故、「猫」では駄目なのか?

テーマをどう設定するか?

 合宿の際にある学生と話をしていて気づいたのですが、後期にそれぞれが制作するポートフォリオ(作品集)のテーマの選び方が、前回の指示では的確に伝わっていなかったようです。

 例えば「今ハマっている趣味はギター演奏、今一番楽しいのは仲間たちと街に遊びに行くこと、今一番興味を持っているのはベルギーのビール」というAさんが居るとしましょう。ちなみにAさんがこれまでに見た写真や写真集の中で一番好きだったのは、猫の写真集です。

 Aさんはどのように夏休みの宿題をこなすべきか?

 猫の写真集を何冊か見た上で、猫の写真を500枚撮り、その中から5枚選ぶのが最善でしょうか? 違います。Aさんが写真で追求すべきテーマは「ギター」か「仲間たち」か「ベルギーのビール」なのです。

何故、「猫」では駄目なのか? ~作品制作の幅~

 これには二つの理由があります。一つ目は、「作品制作の幅が狭くなる」という点です。

 皆さんが「写真について持っている知識と経験」と、皆さん自身の「これまでの人生全て」を比較してみましょう。情報量が多いのはどちらですか? 論理的に言って「これまでの人生全て」に決まっています。自分がこれまでに見知った写真の範囲内からお手本を選び、それを模倣するというやり方では、(半年という時間で仕上げることを前提とすると)、お手本の縮小・劣化コピーしか生まれません。逆に、自分の人生経験全ての中から「これについては自分はアツくなれる!」というテーマを選ぶならば、面白いものが創造出来る可能性はぐっと広がるでしょう。

 何故ならば、既存の写真テーマというのは、既に「写真というメディアに合わせて編集されたもの」なのに対し、皆さんの人生はまだ「写真というメディアに合わせて編集されていない」からです。皆さんの人生を新たに写真というメディアに「落とし込んで」いくプロセスには工夫の余地が多分にあります。そこに豊かな創造の可能性が開けているのです(もちろん、古今東西の猫写真に関する膨大な知識を持っている人ならば、話は別です)。

何故、「猫」では駄目なのか? ~知的創造物としてのアート写真~

 前期の読書課題で、写真を含む現代のアート表現には、文脈や理屈のプレゼンテーションが不可欠であるということを学んでもらいました。アートの軸足の在処は、かつて重視された感性から、知性へと移ってしまっていると。

 皆さんにお願いしたいのも、実はそれなのです。「これって良いな」の感情から始まる「感性の作品制作」ではなく、「これを表現するにはどうしたら良いんだろう」の思索から入る「知性による作品制作」。

 その為には、「既に写真としての表現方法が確立されている猫」ではなく、「まだ写真としての表現方法が確立されていない俺自身・私自身」を大きなテーマにとり、そこから工夫を重ねて「ギターと自分の関係はこんなふうになっている」とか「自分と仲間たちはこんな関係にある」とか「半年かけてベルギービールの世界を自分なりに彷徨ってみたら、足跡はこんな感じになりました」という写真表現を編み出していかねばならないでしょう。

 その上で、既存の「ギター写真」や「仲間写真」や「ビール写真」と、自分が編み出した写真表現は「どこが同じで、どこが違うのか?」を、きちんとした言葉で説明する。「自分の表現はどこが新しいのか? 自分はこのポートフォリオにおいて、どんな新しさを生み出したのか?」を語る必要があるのです。

まとめ~「誰」が、どんな「コンセプト」で、どのように「新しいもの」を?~

 わかりやすいように、もう一度まとめておきます。

・皆さんが制作しなければいけないのは、現代アートとしての写真です。
・現代アートでは「誰がつくったの?」「どんなコンセプトでつくったの?」「どこが新しいの?」の3点が重視されます。
・つくるのは皆さんですから、必要なのは「コンセプト」と「新しさ」です。
・「コンセプト」と「新しさ」を作品に呼び込むには、「まだ誰も取り上げていないテーマ」を使うのが効果的です。皆さんの身近にある「まだ誰も取り上げていないテーマ」とは、すなわち皆さん自身の人生です。
・ある人間の人生全てを写真に写し取ることは物理的に不可能ですが、その人間と深く深く繋がっているモノやコトを一つ選び、その人物とそうしたモノやコトとの関係に絞って写真表現の方法を探ることは可能です。
・そうして皆さんが編み出した写真表現の「コンセプト」「新しさ」を、きちんと日本語か英語で説明出来れば、よほどのことが無い限り成績表には「S」か「A」が付くでしょう。

蛇足

 「こんな宿題に何の意味がある?」「俺は自分が良いと思ったものを撮るだけさ」と考えてしまう夜もあるかもしれません。写真学校や芸術大学、美術大学の演習ならそれでも良いのだろうと思います。

 ですが、皆さんは社会学部の演習として写真を学んでいます。社会学は学問であり、学問とは知性とか理屈が基礎にあるものです。そして、ここが大事なのですが、「これまでの流れを踏まえた上で、自分なりに新しいものを作り、それのどこが新しいかを説明する」という手順は、学問の手順そのものなのです。この発想法、この思考法を身につけることは、学問の基本を身につけるということです。

 そしてもう一つ。「これまでの流れを踏まえた上で、自分なりに新しいものを作り、それのどこが新しいかを説明する」とは、商売の基本でもある。気づいていましたか?

「これまでの流れを踏まえる」→マーケティング
「自分なりに新しいものを作る」→新商品開発
「それのどこが新しいかを説明する」→宣伝・広告

 ね? この課題で身に付くスキルは一生もんです。迷わず全力で取り組んでください。それだけの価値は絶対にありますから。