こんなナショナリズムいらねえよ

 この週末のビッグニュースはなんと言っても浅田真央選手のグランプリファイナル制覇でした。

 グランプリファイナルというのは、フィギュアスケートのタイトルの中でも上から3番目に偉大なタイトルで、たしか日本人ですと、タイトルの歴史が浅いこともあって浅田選手以外では村主選手しか取ったことが無かったと思います。

 ちなみにフィギュアスケートのタイトルで一番偉大なのは何と言っても冬季オリンピックの金メダル。次が毎年3月の世界選手権。その次がグランプリファイナル勝者ですね。以下、ヨーロッパ選手権/四大陸選手権、グランプリ・シリーズと呼ばれる6つの大会と続きます。グランプリ・シリーズ以上の勝者はフィギュア・スケーターとしてまずまず一流という評価を受けますね。世界選手権者は文句なしの一流選手。日本人で世界選手権者になったのは、伊藤みどり、佐藤有香、荒川静香の3人だけです(たしか)。で、オリンピックの金メダルは別格というか、実力だけで取れるものでもなく、しかし最も価値あるタイトルであることに変わりはないという微妙なところにあります。

 例えば男子シングルですと、エルヴィス・ストイコやトッド・エルドリッジなど一流の中の一流、歴史に残る名スケーターでもオリンピックの金メダルは取っていません。アレクセイ・ヤグディンはもちろん世界選手権も取った超一流のスケーターでしたが、それでもソルトレイクで金を取った時の喜びようはありませんでした。

 ペアで言えば、申雪・趙宏博組という、やはり伝説として語り継がれることになるであろう超一流のチームでさえ、おそらくオリンピックの金メダルは取れずに終わるでしょうし、女子シングルではマリア・ブッテルスカヤも伊藤みどりも(きっとミシェル・クワンも)ついに手が届きませんでした。逆に、イリヤ・クーリックとかタラ・リピンスキー、サラ・ヒューズ、クリスティ・ヤマグチなど、ポッと出で一時の勢いだけでオリンピックを取って消えていった(さっさと勝ち逃げを決めた)選手も多い。

 知り合いにフィギュアスケートに詳しい人がいたら、訊いてみてください。ヤマグチ、リピンスキー、ヒューズと、伊藤みどり、クワン、ブッテルスカヤ。どちらがフィギュアスケートという競技に豊かな歴史を付け加えていったと思うか。10人が10人、後者だと言うでしょう。

 オリンピックというのは、そういうタイトルです。実力だけでは絶対に取れない。真の実力者は必ず世界選手権を取っているし、そうでないオリンピック・チャンピオンはやはりお祭り男みたいな価値しかない。でも、フィギュアスケートで頂点を極めた人間ならどうしても欲しい。そういうタイトル。

 だから、エフゲニー・プルシェンコとイリーナ・スルツカヤという、これはどちらもフィギュアスケートの歴史に太字ゴシックで書き入れられるような偉大な世界王者が、トリノに向けてなりふり構わない形相を見せているわけですね。

 さて。そんな熱いシーズンの前半戦を締めくくったのが、先週末に東京で行われたグランプリファイナルでした。この後、各選手たちは母国の国内選手権、大陸選手権を経てトリノへと向かい、世界選手権でシーズンが終わります。グランプリ・シリーズというのは、ですから世界選手権に向けて新しいプログラムを試しつつ、コンディションを上げていくシリーズなんですね。その成績上位者が集まったグランプリファイナルで前半戦の一番を決める。そこで中締めをした後に、各選手は世界選手権あるいはオリンピックに向けて一気に仕上げていく(だから民放が騒ぐように「世界一」「世界女王」というには少し足りないタイトルでもある)。

 浅田選手は、つまり今季前半の女子シングルにおいて一番優れていた選手ということになるわけです。これは凄いですよ。実際、彼女の素質は長い女子シングルの歴史の中でもおそらく最上級の一群に入るでしょう。日本人女子に限ればブッチ切りだと思います。たまたま強力なライバルが不在の年に世界選手権を取った佐藤、荒川はもちろん、異常に層が厚い時期でどうしてもオリンピックが取れなかった伊藤みどりをも凌ぐと思います。

 その浅田選手に加えて、実力はまあそこそこですが何故か大変にマスコミ受けが良い安藤美姫選手、この一ヶ月で一気に才能が開花した中野選手など、なんとグランプリファイナルの女子シングルの出場者の半分が日本人スケーター。さらに男子でも高橋選手、織田選手の二人が出場と、一昔前なら考えられなかった事態に、テレビ放送を担当したテレビ朝日が大はしゃぎするのも、理解できなくもありません。

 ですが。

 フィギュアスケートってのは、男子シングルと女子シングルだけじゃないんすよ。ええ。グランプリ・シリーズでは調子いま一つだったとはいえ、アイスダンスのナフカ・コストマロフ組は昨シーズンからほぼ無敵、一組だけ別格の演技を見せる超一流のチームですし、ペアのトットミアニーナ・マリニン組も、申雪・趙宏博組が完調だとして唯一彼らと五分の戦いが出来る、現在脂の乗りきった素晴らしいチームです。それが、放送一切無しとはどういうことでしょうか? 松岡修造のバカ騒ぎなんか正直どうでも良いんですよ。アスリートとして、また表現者として言えば、ナフカ・コストマロフ組やトットミアニーナ・マリニン組は安藤美姫なんかより二段か三段、格上なんです。だって安藤はグランプリファイナルでも世界選手権でも表彰台にさえ立ったことがない。

 まあ、安藤を写すなとは言いませんよ。一応は直近の全日本選手権を取っていますし、グランプリファイナルにギリギリで出てくる程度の成績は今季もなんとか上げている。超一流とはとても言えないけど、なんとか一流の端っこには引っかかっている選手ですわたしかに。松下の吊り広告にも大きく出ているし、視聴率だって稼げるんでしょうよ。

 しかし、それでアイスダンスやペアを一切写さない、男子シングルも2位のバトルの演技を一切写さないばかりか、優勝したランビエールのショートプログラムさえ写さないってのは何でしょうかね。そういうのは全日本選手権でやって欲しいんだな。

 私はここに、ナショナリズムとさえも呼びにくいような、想像を絶するものを見てしまった気がします。実際に東京に世界の一流選手が集まって演技しているのに、殆ど日本人選手の演技しか写さない。それと日本人選手のバックステージの表情と松岡修造のバカ騒ぎ。私はHD録画して松岡修造は全部スキップしたけどね。

 たまに個人でも居ますよね。自分のことしか興味がない人。コミュニケーションのしようが無い人。今年のグランプリファイナルの中継は、まさにそんな感じだったと思います。ナショナリズムとかそういうの以前に、他国というものの存在を認知していないマスコミ。忘年会で居酒屋でうちわだけで盛り上がってる酔っぱらいの集団みたいな、他者との絶望的な断絶。

 そういう心性を何と呼べば良いのか私にはわからんですが、祖国を愛するということがああいう心性に流れ着かない為には何が必要なのかは、少し真面目に考えていきたいと思います。だって、あれ、絶対格好悪いよ。ああいう男は女の子にももてないって。