『響け! ユーフォニアム』はテンプレ活用の奥深さを見せてくれました

ラノベ修行報告

武田綾乃『響け! ユーフォニアム』シリーズの本編5冊を読了致しました。

主人公の黃前久美子ちゃんの北宇治高校1年の4月から高校2年の10月まで、吹奏楽のコンペを2年生として戦い終えるまでが描かれています。

著者の武田綾乃さんは同志社大学文学部在学中にこのシリーズを書き上げたそうです。

なんかやたらと女子高校生の太もも&胸&スキンシップの描写が多い(そして男子高校生キャラの影が薄い)ので、武田綾乃という人はアラフォーかアラフィフのおっさんなんじゃないかとも疑っていたんですが、検索したら若い女性の写真が出てきたので、(おっさん+女子大生の二人羽織でなければ)確かにこれはいわゆる女子大生が書いたラノベのようです。

ストーリーの大筋はスラムダンクと同じで、高校生の部活の全国大会の頂点を目指してトーナメントを勝ち上がっていくというもの。しかし他校の描写はほぼ皆無で、物語の大半は吹奏楽部内の錯綜した人間関係を久美子ちゃんが右往左往しながら解きほぐし、バランスを調整してゆくプロセスです。

キャラクター造形は「けいおん!」を始めとするアニメ/ゲームキャラのテンプレをベースにカスタマイズされていますが、日本市場で長年に渡って実戦をくぐり抜けてコンバットプルーフされたテンプレ群ですから、多少のカスタマイズと魅力的な物語空間を準備してあげれば充分ものの役に立つものです。

武田綾乃さんの掘り起こした鉱脈は、上記のようなキャラクターテンプレを、高校の大規模部活(80人前後)という絶妙な規模な中間社会の中に置いて、リアル女子高校生が経験しているギリギリのアイデンティティ・ポリティクスの攻防をやらせてみたら多分こうなる、というシミュレーションの面白さなのでしょう。

誰と誰がどれだけ仲が良いとか、自分がこのポジションでこのアクションを取ったら自分の立場はこうなり、周囲はこう変化するがそれは果たして是か非か、とか。

怖いから深入りしませんでしたが、私が教えていた女子大学生たちの間でも似たようなアイデンティティ・ポリティクス攻防は色々とあったらしいです。ドロドロがなんとかって確かに聞いた気がするから。

誤解していただきたくないのは、そういうアイデンティティ・ポリティクスはあってはならないものではない、ということね。

毒親と化した母親を背負いつつ吹奏楽部内の人間関係を冷酷にコントロールして結果を追求する美少女のあすか先輩。

イケメン顧問に恋する天才トランペッターの麗奈ちゃん。

人付き合いが苦手過ぎるけど努力を重ねてオーボエの才能を開花させたみぞれ先輩。

みぞれ先輩の重すぎる愛を受け止めきれず困惑する希美先輩。

みんなテンプレですよね。どっかで見た。

でもこうしたテンプレのキャラクターたちが、それを実際に経験した当事者にしか書けないであろう特濃ドロドロのダイラタンシー的チクソトロピー的人間関係の中で痛めつけられていくプロセスを、こういう時にこのテンプレキャラはこうなります、そのロジックはこうです、というのを詳細に精緻に書き込みつつ表現されると、テンプレキャラがただのテンプレでなくなってきます。

そうか若い女子はそういう発想とそういう理論でそのような社会に生きているのか。

知らなかった!

となる。

これがですよ。実在の人物をモデルにしたキャラで書かれたら、それちょっと重すぎると思うんです。生々しすぎる。胃もたれする。

『響け! ユーフォニアム』は、テンプレを上手く活用することで生々しさを適度に脱臭し、ドロドロダイラタンシー人間関係の愛すべき側面だけを描き出しているんだと思います。

そう、愛すべき、なんです。ドロドロが。

たしかにドロドロ。でもこれは青春のほんの数年間しか体験出来ない、愛すべきドロドロ。

ブラック企業や年功序列イナカ企業の、メンタル破壊系ドロドロではない。

大変面白く読ませていただきました。

スピンアウトの立華高校編もいずれ。