日本ファンタジーノベル大賞2019に応募予定の作品『竜の居ない国』は、まだ友人知人や教え子に草稿を読んでもらっている段階ですが、本編から文字数の関係でこぼれ落ちた設定をこちらにアップしておきます。
1:地図
これは執筆中に使っていたもの。
これが完成版。
2:人口
「アルソウムの人口は六国合同の50年後には1・5倍となり、六国合同から100年が経過した1552年の調査では、明らかにアルソウム連合王国内に居住していると認められる者の人口は2000万人に達していた。これは商用や観光で一時的に滞在している人々の数を含めない数であり、そうした人口まで含めると、アルソウム連合王国の国境内で生活している人間の数は、2100万人に近いのではないかと考えられている。ちなみに六国合同直前のアルソウムの人口は諸説あるものの、1000万人前後と見積もられている。このような人口の増え方は、アルソウム周辺諸国を大きく上回っていた。周辺諸国の中には、戦争や内戦により人口を減らした国さえ珍しくなかった。戦乱を避けて平和と繁栄を謳歌するアルソウムに移り住んで来る商人や職人や学者も多く、これが更にアルソウムの繁栄に拍車をかけた。」
3:ディエヴ河中下流域の気候
- 5月 15-27度
- 6月 20-30度
- 5月 17-29度
- 6月 21-32度
- 5月 18-29度
- 6月 22-32度
4:同業者組合と自治
「アルソウムではこのような、同業者組合による自治が広く行われていた。組合は王室から組合の設立を認めてもらう代わりに、王室との様々な取り決めを作り、それに従って内部自治を行う。歴史を遡ると、こうした内部自治の出発点は、アルソウム族の支族内での自治権が、その後に成立した領邦・貴族体制における領主たちの裁判権として継承されたものである。領主たちは更に自分の家臣に領地を与えたから、結果としては村を二つ三つ領有している小領主ごとに自分の領内の裁判権を持っているという状態が発生した。貴族たちは自領内の全ての紛争に関する上級裁判権を持ってはいたが、所領の支配を揺るがすような大事件でもない限りは、末端の領主に裁判を任せていた。自分でいちいち小さな揉め事を裁いていてはキリがなかったからである。
やがて都市が生まれ、領主の支配下から都市が離脱すると、都市の住民たちは業種ごとに組合を作り、自治を行うようになった。領主による支配は一概には悪いものではなく、秩序を維持してくれているという価値もあったのである(それ故、領民は裁判権料という名目での年貢も領主に納めていた)。領主支配から離脱するということは、新たに自分たちで秩序維持の仕組みを作って運営しなければならない、ということでもあり、組合自治は領主裁判権の変形として始まったものであった。つまり、面白いことに、組合内の自治は共有法ではなく部族法の考え方が基礎にあるのだ。ソルは部族法関連科目の中にあった組合自治論の講義を思い出していた。そういえば、大学という組織そのものも、組合として始まったものだったんだよな。だから、上級裁判権を持っている者、最終的にはクルサ家当主に対して、「大学の中の不届き者を自治によって取り締まる代わりに、自由な議論や人事権を認めてもらっている」という形式になる。」
5:連合王国成立の経緯
アルソウム王国は大陸の真ん中らへんに位置する六つの領邦の統治権がクルサ家によっておよそ百年をかけて順に相続され、同君連合を形成した後、それぞれの領邦の議会における連合王国参加の決議を経て、共通の憲法と軍隊と通貨を持つ一つの国家としてまとまったものであった。それがオブアシ3世の4代前のカイエウワ王の治世21年目、帝国歴1452年のことである。
いくら同じ人物が玉座に座っているとはいえ、同君連合である限りは法律も通貨も軍隊も別々であり、国境には税関があって商人はそこを通るたびに関税を支払う必要がある。それでも長所らしい長所を探すならば、同じ人物が王様である間は、そちら側の国境から軍隊が攻め込んで来るおそれは無い、というのはありがたかった。が、まあその程度の長所しか無いとも言えた。もしも代替わりで王位が複数の人物に別々に継承されてしまえば、同君連合は解消されてしまうし、そうなれば戦争だって起こらないとは言い切れない。
この面倒臭さに目をつけたカイエウワ王とその寵臣ベティエ伯爵が、足掛け三十年間の時間を費やして王位をひとまとめにしたのであった。
正式には、未だにアルソウム王という称号は存在しておらず、ヤムスクロ王、モヤンバ王、クンビア大公、ブレル侯、アバルサ王、マンガルメ王という六つの称号を一人の人間が継承するという形になっている。この歴史上の大事件は「六国合同」あるいは「大合同」と呼ばれている。
想像に難くないかどうかは人それぞれであろうが、「六国合同」の実現に向けてカイエウワ王とベティエ伯爵が歩んだ道は、おそらく人類史上最も面倒臭い作業の一つであっただろう。元々これら六つの領邦の統治権は、それぞれの領邦がある辺りに住んでいた部族の族長の地位が世襲化されたものである。この時に用いられた考え方は、部族とは大きな家族であり、族長とは家族の長と同じものであって、族長の地位の相続は家産の相続と同じ仕組みで行われるべきである、というものであった。しかし、それぞれの領邦で人口が増え、社会が複雑化するにつれて、一つの領邦の中を大家族として統治することは難しくなる。そこで生まれたのが議会という仕組みであり、貴族や神官や都市参事会議長といった人々が、それぞれの集団を代表して、王や大公や侯爵と対等な立場で、領邦統治についての権利を委任する契約を交わしていると考えられるようになった。
つまり、統治権の継承は家産の相続として行われる一方で、その家産そのものは領民たちとの契約という性格を持っているのである。別の言い方をするならば、同君連合から連合王国への移行とは、「クルサ家の家内法によって各領邦の統治権を一括継承する」という状態から、「軍隊や通貨をクルサ家の統治する全ての領邦でひとまとめにすることを、各領邦の議会に認めてもらっている」、という状態への移行を意味した。税関は国王大権によって設置されているので、廃止しようと思えばクルサ家の家長としての権限でいつでも廃止出来たのだが、それは直ちに王室の収入減へと繋がるのであり、やるならば各領邦の議会に別の税金を承認してもらう必要があった。
一方、それぞれの領邦議会は、仮に合同に参加して連合王国の一員になるのであれば、連合王国が二度と分裂せず、独自の軍隊を手放しても後ろから刺されることは無い、という保証を求めた。そこでベティエ伯爵が考えたのが、クルサ家が六つの領邦議会のそれぞれと、新たに「他の五つの領邦の統治権を持つ人物にしか統治権を相続させないことを約束する」「その代償として、領邦議会は軍隊と通貨を他の五つの領邦と統一することに同意する」契約を交わすという方法であった。残念なことに、関税に代わる新たな税金の創設という提案は、この時には認められなかった。
落胆の色を隠せないまま議場を退出したカイエウワ王に、ベティエ伯はそっと耳打ちしたという。
「陛下、六つの領邦が一つの王国になり、その中を自由に行き来して商売が出来るようになれば、人は増え、新しい技術が生まれ、新しい商品が生まれます。そうして王国が富み栄えれば、必ずや、六つの領邦から別々に上がってくる税収よりも多くの税収を手にすることが出来るはずです。」
6:国王の称号を巡る諸問題
かような経緯もあり、代替わりの際には新たな王は国中を巡幸し、六つの領邦の議会において、統治権の継承式典を順に行うことになる。アルソウムとは、これらの領邦の開祖となった六人の族長たちが属していた部族の名前であり、それが後に地理上の地方名となり、(いまのところ、そして願わくは)最後に国家の名前となった。
アルソウムを東の端から西の端まで歩いて旅をするとおよそ二十日間かかり、北の端から南の端への旅もほぼ同じである。西から東へ、あるいは南から北へと歩いてもこの数字は変わらない。
ちなみに、国家規模の「面倒臭さ」から、人類史上最大最悪の「面倒臭さ」を経て生まれたアルソウム王が戴冠式の次に六つの個別の称号を名乗るのは、彼あるいは彼女が墓に入る時だけである。戴冠式と墓石の中間のどの時点においても、彼または彼女の署名に記される称号は「アルソウムの主」であり、これはベティエ伯がカイエウワ王の愚痴に耐えかねて、連合王国誕生の3年後に発明したものだというのは、アルソウム王国の最高機密に属する情報である。