『ナナカマドの娘』は男女間のLOVE、ではなくRESPECTがテーマ

昨晩で『ナナカマドの娘』第3エピソードを脱稿しました。

45083字。執筆期間6/1-21日。1日平均2146字強でした。

第3エピソードでは、売出し中の風景画家が巻き込まれた奇妙な事件が、思わぬ方向に展開します。

7/7から7/29にかけて順次、公開される予定です(予約設定済みです)。

この『ナナカマドの娘』は現在更新中の『竜が居ない国』の9年前のお話で、傭兵イェビ=ジェミとその妻ブレイの、首都での最初の1年間を描くというコンセプトです。

この二人は『西の天蓋』での冒険を経て、ほとんど成り行きで結婚を選んだのですが(見合い婚でした)、恋人と夫婦というのは、かなり違う人間関係です。

もちろん現代日本と物語世界では結婚という制度もかなり異なっていて、今の日本の婚姻届とか戸籍のような公的な仕組みは、物語世界ではありません。

アルソウム連合王国では、結婚した夫婦に財産がある場合、今後は税金の支払いと財産をこうしますという文書を公文書館に納めるだけです。財産が無ければ事実婚というやつです。

だから、アルソウム連合王国では庶民は簡単に離婚します。

そもそもイェビ=ジェミとブレイのように、夫婦が別々に生業を持っているのが当たり前で、妻は結婚しても結婚前の仕事仲間たちやご近所さんたちとの人間関係を全部残していますから(夫の転勤、とかは無いから)、こいつはダメだと思えば簡単に離婚出来るのです。古代の日本の貴族なんかもそうでしたよね。通い婚でしたからね。中世から近世にかけてのヨーロッパの庶民もそうでした。日本でも明治時代になって戸籍という制度が出来て、家長に法律上の権力と収入が集中するようになるまでは、庶民はわりと気軽に離婚していたそうです。

現代日本もそうですよね。バンバン離婚する。

イェビ=ジェミとブレイもそれは同じで、ブレイは結婚がイヤになったらいつでも実家に帰れる立場です。

その一方で、ブレイは結婚前の生業や人間関係を全部捨てて首都に来たので、頼れるものは夫しかいないという「駐妻」状況でもあります。 バリバリの売れっ子フリーランスの夫と、元の人間関係や仕事から切り離された駐妻。そういう状況から、夫婦がどのようにしてお互いをリスペクトしあえる関係性を作っていくのかというのが『ナナカマドの娘』のテーマです。

つまり、男女がお互いを好きになる話じゃないんですよね。テーマはLOVEではなくてRESPECT。

第3エピソードでは第2エピソードのラストよりも更に、二人の関係は強固なものになった気がします。