「サン・ヒネスの路地」へ

西の天蓋』15章を書いています。

 もともと私のこのシリーズは、スペインのベストセラー作家、アルトゥーロ・ペレス=レベルテの小説「アラトリステ」シリーズのキャラたちを異世界転生させてみたらどうなるか、という構想で始まりました。

 だから、最初に出来たキャラクターはイェビ=ジェミ・ガイリオルなんです。
 彼の原形はディエゴ・アラトリステ・イ・テノーリオ。
 傭兵であること、首都の居酒屋が本拠地であること、隊長と呼ばれること、レイピアとマンゴーシュとピストルが基本武器であること、死んだ戦友の遺児を引き取って育てていることなど、全部、アラトリステと同じですね。

 彼の瞳が緑色という設定は、映画でアラトリステを演じたヴィゴ・モーテンセンから頂きました。

 とはいえ、性格は全然違う子になってますけどね。エピソード3を書いているうちに子供好きという特徴がどんどん強くなっていった。『西の天蓋』では愛妻家という属性が付け加わることになります(アラトリステは不倫の常習犯)。

 主人公は作者に似るんだな。

 チェプサリはフランシスコ・デ・ケベード。
 ファイスはイニゴ。
 グリアットはそのまま、アラトリステの6巻で登場するグリアットです。

 私のイチオシキャラであるマラテスタ師匠はまだ居ないような。アラトリステのライバル。パレルモから来た暗殺者。

 さて、15章ではアルソウム連合王国の都市部の闇に潜む裏社会の方々を登場させますが、その原点が「アラトリステ」2巻の6章「サン・ヒネスの路地」の描写です。

 以下、拙訳で「サン・ヒネスの路地」の一部をどうぞ。紙本になったテクストと若干の異動はあるかもしれません。

 アラトリステがマントと帽子で顔を隠してヌエバ通りまで歩き、マジョール広場の柱廊に出た時には、もう夜もかなり更けていた。人通りもまばらで、アラトリステに気をとめる者はいなかった。街娼がひとり、柱廊のアーチとアーチの間ですれ違った時、あまりやる気もなさそうに、十二クアルトスでどうかと声をかけてきただけだった。グアダラハラ門を通ると、銀細工師の店の板戸の前で、二人の守衛が居眠りをしていた。そのあたりによくいる捕吏に出くわさないよう、アラトリステは一度イレラス通りをアレナルまで下ってから、「サン・ヒネスの路地」に向かって再び坂を上った。この一帯は、教会に身を隠している者たちが、深夜、外の空気を吸うために出て来る場所だった。

 ご存知のように、当時の教会は、通常の司直の手が及ばない場所だった。このため、窃盗や傷害、殺人など――いわゆる「仕事をして歩く」と呼ばれる行為――をした者たちは、教会や修道院に駆け込んで身を守った。自分たちの特権を死守したかった聖職者たちは、精一杯、犯罪者を守ったのだ。聖域に身をかくす者があまりにも多かったので、有名な教会になると、逃亡者で大盛況のところもあった。そして、教会に逃げ込んでいる者達の中には札付きの悪党も多く、彼らを纏めて縛り首にすると、縄不足が起こるのではないかとさえ思われた。

 仕事上の理由から、アラトリステ自身も教会に身を隠したことがあるし、ケベードも若い頃には、そんな状況に見舞われたことがあったらしい。もっとも、彼の場合はさらに酷い目にも遭っていて、例えばベネチアでオスーナ公爵を奇襲した際には、物乞いのふりをして素性を隠していたらしい。

 こうして、たとえばセビージャの大聖堂の「オレンジの中庭」 や、またサン・ヒネス教会 もその一つであったが、マドリードには、胡散臭い連中が司直の手を逃れて跋扈する空間が数多く存在したのである。とはいえ、彼ら教会に逃げ込んだ犯罪者たちも、食べたり、飲んだり、その他の肉体的な欲求を満たしたりする必要はあった。そこで彼らは夜になると外に出てその辺を一
回りしたり、さらなる悪事を重ねたり、雑用を片づけたりしたのだった。

 また、彼らは夜になると友人や愛人、共犯者たちと落ち合ったものだから、教会の周りや、時に教会に付属する建物までもが、夜毎、犯罪者の為の居酒屋や売春宿と化していた。そこでは虚実入り交じった武勇伝が語られ、乱闘騒ぎがあった。要するに夜の教会は、当時のスペインが持っていた卑しく危険で大胆な側面が、全て現れる場所となっていたのである。悪党やいかさま師、その他様々な悪人たちからなる、もう一つのスペインが、王宮の壁を飾るカンバスに描かれることは勿論無かった。しかし、永遠に残るであろう文学作品の中には書き残された。その中のいくつかの作品――もちろん、最低のものではないので念のため――は、ケベードその人が書いたものである。