エブリスタで連載している小説「兵站貴族」がエブリスタの「次に読みたいファンタジー」コンテスト、「宮廷・継承」部門で入賞した。入賞とはこの場合、3位ということである。上から順に大賞、準大賞、入賞だ。
選者の三村美衣氏によると、3作ともレベルは拮抗していたそうだが、3位というのはまことに自分らしくて、ほっとしている。自分はこの手のコンペティションで1位を取ったことが無いからだ。善戦することはあっても優勝はしない。そういう人生である。
そういう人生であったからか、自分は面と向かって褒められるのが極めて苦手である。自分の耳に絶対に入らないところで褒められるのは嬉しい。「ナントカさんが、加藤さんのことをすごく褒めていたよ」と聞かされるのはギリギリ耐えられる。目の前で直に、というのは、たまにあるんだけれど、つらい。出来るだけ聞こえないふりをする。あるいは、聞こえない場所まで移動する。
だから実は、昨日からエブリスタになかなかログイン出来ないでいる。恥ずかしいから見に行けないのだ。
補足しておくが、悪口は目の前で聞かされても平気である。むしろ盛り上がる。
話を戻そう。
小説の話だ。
自分が習作ではなく、これは他人に見せるもの、商品化を前提としたものという位置づけで書いた小説としては、「兵站貴族」は着手順で2番目だ。
最初に書いたのは「竜の居ない国」という長編で、これはまだ日本ファンタジーノベル大賞で落ちたという確報が届かないので友人知人にしか見せていないが、自分としてはとても良く書けた小説だと思っている。
「兵站貴族」の次に書いたのは「叙任式」という短編である。
これらは全て同じ架空世界を舞台にしている。
時系列順で並べると、こうなる。
- 「兵站貴族」帝国暦1550年
- 「竜の居ない国」帝国暦1560年
- 「叙任式」帝国暦1561年
登場人物は重複するものが多く、「兵站貴族」の主人公シムロン・グウィルは「竜の居ない国」ではイスベル子爵という名前で登場する。
「竜の居ない国」で主人公の身辺警護をする歴戦の傭兵として登場する「隊長ジェミ」は、「兵站貴族」では新任の中隊長イェビ=ジェミ・ガイリオルとして登場する。
「叙任式」は「隊長ジェミ」の弟子であった若き傭兵見習いファイスが、傭兵親方スピルキ・ファイスとして独立する日を描いたもので、「竜の居ない国」の主人公ヴェレン・ソルも、傭兵を引退して居酒屋のオヤジになったイェビ=ジェミ・ガイリオルも、イスベル子爵シムロン・グウィルも登場する。
「兵站貴族」はラストシーンはもう書いてあって、後は首都で宮廷工作に走り回っているシムロン・グウィルとそのライバル、ヴァンカレムに海を渡らせるだけだ。
「兵站貴族」が完結したら、その次に書くのは、イェビ=ジェミ・ガイリオルを主人公とした中編である。時系列としては「兵站貴族」の直後。彼が新任の中隊長として「トゥーバの戦い」を経験し、戦死した部下の家族のところに、戦いで連隊が得た利益の分け前を届けるお話だ。もちろんこの「部下の家族」とは、スピルキ・ファイスのことである。プロットももう作ってある。
それが終わったら、今度は「叙任式」の直後から半年間、ヴェレン・ソルの葡萄農園を舞台に、「竜の居ない国」の中盤から登場した少数民族の少女レネル・リムが葡萄栽培と葡萄酒醸造を経験する中編。
そこまでは話が出来ている。
「竜の居ない国」「叙任式」を読んでもらった友人たちからは、バツイチの美人秘書キュイマ・レピの婿取り物語を早く書いてくれと言われているし、ヴェレン・ソルとイェビ=ジェミ・ガイリオルとスピルキ・ファイスとレネル・リムのチームはいつ再結成するんですかはよしてくれとも言われているけれど、すいません、どちらも未定です。
何故、未定なのかずーっと考えていたのだけれど、昨日、エブリスタで3位を頂いた瞬間にその理由がわかった。
自分が書いてきたもの、書きたいもの、書こうとしているものは、全て「人はいかにして成長するか」の物語なのだった。
若きシムロン・グウィルは自分の背負ったものの巨大さに自分の力だけで抗おうと試みて、しかしそれは最終的には失敗する。
その経験を通して大きく成長したシムロン・グウィルはイスベル子爵位を継承し、家臣団や領民たち、そしてアルソウム連合王国を支える技術官僚の人材育成に取り組む。彼は「竜の居ない国」でも「叙任式」でも、有望な人材に資金と挑戦のための時間と大きな権限を与えることに貪欲であるが、それは彼自身が莫大な資金と時間と権限を最初から与えられていたことを「兵站貴族」で自覚し、それと葛藤し、彼なりの形でそれを意味づけた結果だ。
またヴェレン・ソルは「竜の居ない国」の旅を終え、男にしか開かれていない学問という世界への扉を、レネル・リムという少女のためにこじ開けることを心に誓う。
イェビ=ジェミ・ガイリオルはスピルキ・ファイスに自分の持つ戦闘技術と指揮能力の全てを継承させ、それに加えて高度な文芸の知識も獲得させる。
ネタバレになってしまうので詳しくは書けないが、実は「兵站貴族」におけるシムロン・グウィルの冒険にも、彼を成長させようと考える黒幕が存在している。
全て、誰かが誰かを育て、そうやって成長した誰かがまた次の誰かを成長させるために戦う。
そういう物語を自分は書こうとしている。
キュイマ・レピの結婚、チーム・ソルの再結成。それが誰を成長させる物語になるのか。これが決まった瞬間に、物語は動き始めるだろう。