かつて『日本の川を旅する』で日本中にリバーカヤックブームを巻き起こしたアウトドアライターの野田知佑さんが、前号から『Be-Pal』誌上で多摩川をテーマにしたエッセイを書いています。
あの野田氏が現在の多摩川をどう書くのだろうと興味を持って見ていたのですが、連載2回目にして早くも深い失望を味わっている私です。何しろ芸風が30年前のまんまなんですね。知り合いの伝手で、当該フィールドでちょっと目立つ活動をしている人物を捜してきて「こいつは凄い奴なんだ」と思い切り持ち上げる一方、行政と初等・中等教育の教員をこれでもかとこき下ろす。全然変わってない。
30年前ならまあそれなりに問題提起として意味があったと思うんです。そういう書き方は。フォロワーも大量に生み出したし、人々が日本の川について考えるきっかけを作った功績はたしかに大きいですよ野田さんは。でも、その問題提起から30年経ち、行政も市民も相当に進歩したわけです。それは多摩川のBOD値の劇的な改善にも現れているし、行政は何もしないなんて相変わらず野田さんは叩いていますけれども、実際には「水辺の楽校」という行政と住民の協力による活動があちこちで行われています。それらの情報を統合して発信する「 多摩川流域リバーミュージアム」というウェブサイトだってある。
それに、公立小中学校が川でのアクティヴィティに慎重なのにはそれなりの理由があります。まず、野田氏が子供だった戦中戦後と現在では、学校に要求される安全管理責任のレベルが全く違うし、この種のアクティヴィティをきちんと仕切れる能力を学校教員に要求するのは筋違いでもある。彼らは学校教育の専門家であって、アウトドアアクティヴィティのプロガイドではありません。それに、現在の東京都教育委員会は、川に行って子供を遊ばせるというような企画にはまず許可を出さないと聞いています。
問題はそこからで、では何故、教育行政はそういう振るまいをするのか? 現在要求されるような高いレベルの安全管理品質を確保しながら何十人もの児童生徒のアウトドア実習をコンダクト出来るようなプロガイドはいるのか? もしいるとして、どうしたら教育行政の姿勢を変えて、アウトドア実習を継続的に学校教育に取り入れていけるのか? などなど、考察をどんどん深めていかなければならないはずなのです。
先月、ゼミ合宿で奥多摩に行った際、あるグループは「現在では子供だけで山や川で遊ぶことは禁止されている」という話を聴き取ってきました。ですが、そこで「行政がバカだから」「親がバカだから」「教師に実力が無いから」と安易に片付ける方が実はバカ丸出しなのであって、そのような現状の良し悪しを判断する前にまず「では、何故そうなっているのか?」を丁寧に調査し、自身の価値観による価値判断を棚上げして、客観的な状況把握を徹底的にやらなければ駄目だというのが私の考えです。少なくとも私はそう学生たちに教えています。奥多摩の人たちがそう決めたなら、まずはその判断を尊重し、何故そうなっているのかをきちんと調べなければ始まらない。
更に、そうして明らかになった状況を本当に憂うのならば、当事者たちと一緒にじっくり時間をかけて、状況の改善に取り組む。ここまでいけば100点ですね。
風来坊のようにどこかの土地に現れて、ほんの数人の話を聞いただけで全てわかったような顔をして上から目線で毒舌エッセイを書き飛ばして、原稿料を手に入れて去っていく。それじゃあ、地元民にとっては迷惑なだけなんですよ。