『文明崩壊』いっとくか?

 来月から半年間、母校である立教大の社会学部で非常勤講師をすることになっています。学部の1年生・2年生対象の基礎講読という講義で、要は社会学徒としての基礎的なものの見方や問題意識、本の読み方などを身に着けてもらうというコンセプトです(おそらく)。

 テキストの6割くらいは共通教材で大学から指定されるんですが、講師が個人で選んでくれという枠もちょっとありまして、概ね「都市」「多文化」「環境」というテーマに沿ったものだったら可、なんだそうです。

 さて、何にしようかと考えた時、私が思い出したのはジャレド・ダイヤモンドの『文明崩壊』。上下巻に分かれた大著で、過去に存在した様々な社会の中から、社会そのものが破綻して消滅した事例を幾つも紹介して、それらに共通する因子を考えようという本です。

 実はこの冒頭に出てくる事例がポリネシアなんですよ、ええ。一つ目の事例が古代ラパ・ヌイ社会の破綻で二つ目の事例が古代マンガレヴァ、ピトケアン、ヘンダーソンの三つの島嶼群の破綻。どちらも気が滅入るようなエピソードなのですが(人肉食の話も当たり前のように出てきたりね)、逆説的に航海カヌーが古代ポリネシアにおいていかに重要な存在であったかをも示しているわけです。

 ラパ・ヌイとヘンダーソン、ピトケアンの三つの島々の事例から解るのは、自力で航海カヌーを建造出来なくなるということが、場合によっては社会そのものの消滅に繋がったということ。ラパ・ヌイではモアイ建造の為に森林資源が乱獲された結果、航海カヌーを造れなくなった。しかも土壌が流出して農業生産力も劇的に低下してしまった。となると? メシはロクに食えないし、航海カヌーで別の土地に脱出することも出来ないという惨状にいたってしまうのです。加えてラパ・ヌイはポリネシア三角海域の最果て、ウェイファインディングで発見する難易度は最上級。タヒチやマルケサス諸島との往き来が途絶えたら、もうお手上げ。そしてラパ・ヌイ社会は実際にお手上げ状態に追い込まれました。今まで残ったのが奇跡みたいなものです。

 ピトケアンやヘンダーソンはもっとヤバかった。この二つの島のポリネシア社会は、比較的近い距離にあるマンガレヴァに石材や海産物を輸出して、マンガレヴァから木材やら食糧やらを輸入してなんとか成り立っていたのですが、頼みのマンガレヴァで内戦が勃発。ピトケアンやヘンダーソンへの航海カヌー定期便が途絶えてしまった。といってヘンダーソンなどはもともと人口も100人居ないような島な上に、航海カヌーを造れるような木材はそもそも存在していない島なのです。

 で、どないなったか? あくまでも推測ですが、これらの島々のポリネシア人社会は消滅し、おそらくヘンダーソン島の住民は孤立無援のまま全滅したのではないかと。

 ポリネシア史に関する文献を読んでいると「ミステリー・アイランド」というのが出てきます。かつてポリネシア人が植民したにもかかわらず、歴史上のある時期にその島が放棄され無人島となった島のことです。放棄された理由がわからないからミステリーなのですが、放棄されるにしても最後は航海カヌーで撤収していったのか、航海カヌー定期便が途絶して全滅の憂き目を見たのか。どちらにしろ社会の生き死にを最後に決めたのは航海カヌーの有無であったというお話。