北海道立近代美術館の特別展に出展される田中武の絵がミソジニーと叩かれた件のまとめ

きっかけ

北海道立近代美術館で9/15からスタートする表題の企画展

これに出展される予定の田中武の絵をフェミニストで漫画家の瀧波ユカリが連ツイで批判。道立近代美術館の当該ツイートはのちに削除(北村紗衣も田中武の当該シリーズをミソジニーとツイートしていたが道立近代美術館のツイート削除で消えたかもしれない)。

参考:アートウォッチャーアカウントとして知る人ぞ知る「はむぞう」さんは高評価

というか、2011年のシリーズスタート以来、ずっと高く評価されてきたもので、なんで今さらというかんじ?

田中武ってどんな作家なのかな

日本画と現代アートの両方で一定の評価がある人

調べてみたところ、九産大で美術で博士号まで取って(博論のテーマは円山応挙)、2011年に話題の絵をトリエンナーレ豊橋に出展して大賞受賞(審査員5人が全部男なのは良くないと思う)。そのまま豊橋美術博物館所蔵となり、今回の企画展にも出展となった。

ジャンルは日本画だけど現代アート系でも評価されていて、いくつかの有名コレクション(高橋コレクション、西治コレクション、寺田コレクション、ベネトン財団)や公立美術館にも作品が入っている。

アグリーな女性表現で売っているわけでもなく、他にも色々なシリーズあり。

港区芝の小林画廊が契約ギャラリーなのかな。ArtsyやMutual Artにもページ出来てるね。

北九州市立美術館で個展もやってる。

これはその時のパンフのデジタル版(無料) 担当学芸員の重松知美さん(写真を拝見する限りは女性に見えます)の論考も読めるので是非。話題の「十六恥漢図」についてもかなりの紙面を割いておられます。どれも変な手の形してるなと思ったら、仏像の印相だったんすね

ということは見た目はuglyであっても実は彼女らの真の姿は悟りを開いた如来あるいは菩薩や阿羅漢であり、彼女らを眼差す視線の質の方がこれらの作品の本当の主題なのかもしれない

同じく重松論考の中で、「十六恥漢図」の中でモザイク処理されている場所はすべて、絵画を見る者が最も興味を持つ部分であると指摘されている。

つまり「十六恥漢図」において「見る者」の存在は画中に描かれている。

となると「恥」という概念を、今度は仏教の文脈で調べる必要がある。だいたい田中武は博論で円山応挙をやったくらいで、東洋哲学をかじっていないわけがないじゃないか。

このシリーズを若桑みどりのような西洋絵画のイコノロジーや記号論だけで読み解くのは、オクシデンタリズムの落とし穴を盛大に踏み抜いてそれに気づかない無明の衆生ということになりはしないか

あくまでも私個人の解釈としては、「十六恥漢図」で本当に描かれているのはゲスい視線を女性たちに向けている匿名の誰かさんたちであり、そういう連中を「ちかん(恥漢=痴漢?)」と読んで批判している絵なんじゃないかと思いますが。

印相と、あとは女性たちの足元で咲いている花を充分に吟味しないと確たることは言えませんけどもね。あのちっこいウェブ画像だけで「十六恥漢図」の読解を終わらせている人たち、ほんとすごい。

プライマリ価格は号あたり6万円+消費税

今のところプライマリ価格が10号の作品で60万円強ですか。号あたり6万円。結構上がってますね。

ということは例の「十六恥漢図」はF120号だから、720万円? BMWの3シリーズやメルセデスのAクラスよりちょいと安いくらいですね。あの絵にその値段を出す人がいるってことをまずは受け止めないと。しかもあのシリーズ完売してましたから。一人で数枚買ってる人もいた。大したもんっすよ。

高島屋や三越でも個展開催されているので、いわゆる百貨店系の日本画家としても順調。

批判というよりは罵倒する意見をサンプリング。しかし素人意見にも程がある。

九州や北海道は田舎でイケてないんだ、九産大も北海道立近代美術館も地位も知名度も低いという主張。

この人は作家のCVすらチェックしてないという点で、まさに「美術かじってる」だけの素人だということがわかります。田中武、個展の大半が東京じゃん。港区芝の小林画廊が契約してるし。

Group Exhibitionsも東京の開催が多いし会場も東郷青児美術館とか上野の森とかオペラシティとか、メジャーなとこばっかですね。VOCAにも出てる。

VOCA展が何だかも知らないのか・・・

VOCA展2023 現代美術の展望─新しい平面の作家たち─The Vision of Contemporary Artの頭文字をとってVOCA(ヴォーカ)展と呼ばれる本展は、全国の美術館学芸員、研究者などに40歳以下の若手作家の推薦を依頼し、その作家が平面作品の新作を出品するという方法により、毎年全国各地から未知の優れた才能を紹介している現代美術展です。
今開催で30回目となる「VOCA展」は、平面美術の領域で国際的にも通用するような将来性のある若い作家の支援を目的に1994年より毎年開催し、これまでに延べ1013名(組)の作家が出展。
ここから大きな躍進を遂げる作家を多く輩出しています。
今年も「平面」の可能性を追求した多様な作品をご紹介いたします。

https://www.ueno-mori.org/exhibitions/voca/2023/

VOCAに出ていてF120号の大作が高橋コレクションに入っている作家が現代アートじゃないわけがないだろう。

高橋龍太郎コレクションについて

精神科医、高橋龍太郎が1997年から本格的に始めた現代美術コレクション。
草間彌生、合田佐和子を出発点として、日本の現代美術にフォーカスし、特に1990年代以降の作家の作品は質量ともに抜きん出ている。奈良美智、村上隆、ヤノベケンジ、鴻池朋子、会田誠、山口晃、名和晃平、加藤泉、宮永愛子、池田学といった今や国際的に活躍する作家たちの初期作品、代表作品を多く有し、国内外の展覧会への作品貸し出しは毎年100点を超える。
2008年以降、国内外23の公立・私立美術館でコレクション展が開催されてきた。「ネオテニー・ジャパン 高橋コレクション」(鹿児島県霧島アートの森、札幌芸術の森、上野の森美術館ほか)、「高橋コレクション展−マインドフルネス!」(名古屋市美術館ほか)、「高橋コレクション展 ミラー・ニューロン」(東京オペラシティアートギャラリー)「Cosmos /intime 内なる宇宙 高橋コレクション」(パリ日本文化会館)など、各地で現代美術の優れた作家、作品に触れる機会を提供し続けている。
2020年、現代アートの振興、普及への多大な貢献を認められ、令和2年度文化庁長官表彰を受賞。
コロナ禍にオープンした寺田倉庫のWHAT MUSEUMにおける「INSIDE THE COLLECTOR’S VAULT, Vol.1−解き放たれたコレクション展」では、高橋龍太郎コレクションの原点である合田佐和子、草間彌生、会田誠の作品と、近藤亜樹、今津景の大作、そして鈴木ヒラク、梅沢和木、毛利悠子、川内理香子、水戸部七絵、DIEGO、BIENら新しい世代、傾向の作品とを展示した。コレクションは現在進行形で続いており、新たな作家の発掘や作品の再評価を精力的に行っている。

九州そのものを蔑視する声

ところで田舎がダメなら東京藝大や多摩美や武蔵野美大ならいいのか?

この辺の在京有名美大藝大の女性差別やセクハラの酷さは有名なんだが。

この人は日本のアートワールドの中央集権を批判したいのか、中央も地方もダメだって言ってるのか、だったらなんで地方の美術館や大学をバカにするときに「日本の美術界の中心」と言い出すのか。変な人。

個人的には日本全体が現代アートの世界ではまだまだ辺境だと思いますけども。

出身大学(九州産業大学)の入試難易度が低いからって田中武をバカにする人も一定数いる

フェミニズムだの女性蔑視だの言えるような人権感覚ですかね、こういう発言は。いただけないな。

道立近代美術館のキュレーターがミソジニー作品をスルーしたの?

気になって調べてみたら、北海道立近代美術館の学芸員のトップ(多分)は土岐美由紀さんという女性で、肩書は「学芸統括官(兼企画推進課長)」。田中武の作品も出展されている企画展の担当学芸員(おそらく)。 共催先である豊橋市美術博物館の担当学芸員も丸地加奈子さんという女性キュレーター。

ちなみに道立近代美術館の学芸員14人中8人が女性で、課長職にある2人はいずれも女性。薗部容子さんがリサーチ推進課長で、土岐美由紀さんが企画推進課長。 アンフェのミソジニー野郎の学芸員が田中武の絵を企画展に押し込んだとか、学芸員が軒並みフェミニズムに無知なぼんくらばっかりでミソジニー表現をスルーしたという推測はかなり無理筋ではないか。

個人的感想

  • 私は漫画家や英文学者の感想よりもアートの玄人たち(キュレーター、著名コレクター、ギャラリスト)の評価や判断を遥かに重視します。100倍くらいは。
  • 自称アートに詳しい匿名ツイッタラーの意見? それはファイナルを迎えたセミの鳴き声と同じ程度の重みですね。CVも読めない、VOCAすら知らない人(苦笑)
  • だいたい日本国内のアート界のアンフェ案件はTokyo Art Beat編集者のFさんが絶対に許さないんだから、現時点で記事化されていないって時点でアートワールドの玄人の答えは出てるんじゃないの?
  • アートワールドで田中武の当該シリーズをミソジニー表現と断定する人は、仮にいたとしても少数派でしょう。「ミソジニー的にも読める」なら私も同意しますが「ミソジニーでしかない」は全然わかりません。他の読解の可能性が全部棄却される理由教えて。
  • どうしてもあれがミソジニー表現そのものだと主張したければ、ツイッターでグダグダ言ってる時間を使ってそういう論文を書いて学術誌へどうぞ。
  • アートの世界、もちろんゴールドスミスやシカゴ美術館付属のような超名門から一気にいく人もいますけど、大卒資格なしでいきなりベネチア・ビエンナーレの公募に通る人もいるし、まあどんな学歴であろうと認められる人は認められるもんです。九産大でBFAとMFAとPhD、立派なもんですよ。学位はどこで取ったって学位。それがアカデミアの基本なんでね。他人の学位をレスペクトできない時点で(略
  • それよりもアーティストは実績が大事。受賞歴も展示会歴も収蔵コレクションもなかなかのもんです。ここまで行ける人は東京藝大出てたってめったにおらんよ? F120号の16枚連作、号あたり6万円の絵を売り切ってみせてからバカにしような。
  • ま、何でも好きに主張する自由はあるけどね。セミファイナル的に。