風評被害考

 今日の午後5時半過ぎから日本テレビ系列のNEWS EVERYという番組で放送されたニュース、ご覧になられた方も多いかと思います。福島第一原発事故を受けて、事故現場から結構な距離がある産地の農産物まで売れなくなっているという状況はご存じの通りですが、そうした状況に対し、農産物の放射線量や核種を測定して、健康に影響が無いことを消費者に知らせようという動きを取材したものです。

 番組で取り上げられたのは、茨城県の農産地における茨城大学理工学研究科高妻孝光(こうづまたかみつ)研究室の線量測定活動、そして神奈川県のスーパーにおける線量測定、外食産業の独自の線量測定。このうち高妻研の活動については、高妻先生のツイッターの書き込みがここしばらく、県内の各所に出動したという話ばかりだったので、様子はある程度察していました。

 さて、この高妻研の活動。放送の最後に興味深いエピソードが紹介されていました。つくば市の農家さんで収穫されたホウレンソウ、国からは出荷を自粛する要請が来ているのですが、高妻研が測定してみたところ、線量に問題は無し。そこで農家さんは地元の産直ショップにこれを卸し、ショップも独自調査の結果問題は無いという説明を掲示した上で、店頭に出しているというお話。

 良い話です。

 最後に添え物みたいに「県の担当者は、今後も出荷自粛を要請していきたいとコメント」というナレーションがありましたが、そこはそれ、阿吽の呼吸ですよ。取り敢えず口ではそう言っておくけど、別に目を三角にして取り締まるとかはしない。口先介入で原則放置。県の担当職員が「国の要請なんかクソ喰らえですよ、ロックンロール!」とか言えるわけないじゃないですか。内心ではそう思っていたとしても。知事や市長なら政治的パフォーマンスとして(千葉県知事が羽田空港の国際線乗り入れの一件の際にやったみたいに)テレビカメラ目線で吠えるってのも昨今の流行ですが、あれは選挙で選ばれる公務員だからやれる芸でございます。普通の公務員がやったらどんな目に遭わされるか・・・・。

 それに、高妻先生もツイッターで指摘しておられるように、自治体単位で出荷したりしなかったりを面的にコントロールする手法が、こういう場合に必ずしも正解とは限らないのですよ。自治体の行政界は川や山などの大きな地形で分けられる場合もありますが、昔の人が土地を開墾した手順とか、誰がどの土地を持っていたとかの歴史的経緯で分けられる場合も多く、農産物に含まれる特定の物質の有無や多寡をフィルタリングするには不向きな場合も少なくない。例えば茨城県と福島県の県境は山の稜線でだいたい引かれていますが、茨城県と千葉県は利根川で区切られている。ということはどういうことか? 地面が上の方向に出っ張っている凸地形で行政界を切れば、場合によってはそこが水系を分ける分水嶺だったりするかもしれません。でも凹地形で行政界を切っちゃったら、そこは明らかに同一の水系、例えば利根川水系に含まれるエリアです。そして川の上は風の通り道で、午前中は海に向かって風が吹くし、午後になると海から風が吹き上がってくる。福島第一原発から出た放射性物質は風で運ばれて来ますから、同じ川の向こう岸は良くてこっち岸はアウトとか、あまり合理性は無いのよね。

 単純に言えば、自治体の行政界を使った農産物の出荷制限という対策は、実際の自然科学的事象を捉えるという意味では、かなり解像度が低いんです。

 ま、茨城県から青森県まで太平洋岸が1000キロメートルくらい滅茶苦茶に破壊された上、やれ原発災害だやれ余震だ(余震とかいうレベルじゃない奴がじゃんすか来襲してますが)って未曾有の大騒ぎになっちまって、国としてもこれ以上はマンパワー的に対応出来ないんだろうなとは思いますけど。

 消費者としても、自治体単位で行われる出荷制限よりも、個々の農地単位で実測される線量の方が遙かに解像度が高いですから、そちらを信頼して全く問題は無いでしょう。たしかに極めて微量のなにがしかはくっついているかもしれませんがね。でも、じゃあここでヒステリックに茨城や福島や宮城の農産物を全部ブロックしてしまったらどうなるか? これらの地域の農地は壊滅ですよ。経済的にもそうだし、農家さんの心がもう持たない。一方で、中長期的に見れば世界の農産物価格は上がることはあっても下がることは無い。人社系より遙かに厳密なピアレビューがなされる理系の学術誌の世界で殆どエビデンスを出せず相手にされていないようなオカルトまがいのマイナー学説を信じて、国内有数の農業地帯を経済的・心理的に潰してしまう愚は避けなければいけないと、私は断固主張します。これらの農地を失うことが将来的に日本国民の健康に与える影響は、私らが一月ばかしごくわずかなヨウ素やセシウムを食べて体内を通過させることで被る悪影響なんかとは比べ物になりませぬ。