私は小学校3年生から高校3年生までの9年間を、名古屋市の東隣にある東郷町という自治体で過ごしました。当時、母親の職場は天白区内にありましたし、家から最も近い町は天白区の平針駅前。初めてギターを買ったのも、2本目のギターを買ったのも、3本目のギターを買ったのも、平針駅前にあった愛曲楽器です。店員だった石上さんと養父さんには散々お世話になりました(養父さんから買ったフェルナンデスはいまだに私のファーストチョイスギターだし)。
また、私が通っていた中学・高校の姉妹校であった東海女子高校(現在の東海学園高校)は平針の隣駅の原からしばらく歩いた処でしたね。ロードレーサーを手に入れてからはちょくちょくジテ通で東区筒井にあった高校まで通っていたので(自転車部だったのです)、あの辺は本当によく通りました。今でも帰省すると原のマツザカヤストアから相生山緑地の方に向かう県道221号などしょっちゅう走ってます。車でですが。
当時、東郷町の飯田街道白土交差点から天白区神の倉の方に折れていくと、運転免許試験場がある右手方向はただの山林でしたね。田舎だった。今は神の倉から東郷町の三ツ池、新池交差点あたりまで、南側は全部区画整理されてため池も埋め立てられて住宅地になっちゃってますが、私が東京に移住した20年前、あの辺りは本当に田舎だったですよ。田んぼとか畑とか里山とかが広がっていました。刈谷市から引っ越して、その田舎っぷりに驚きましたもん。
さて、上記の通り、神の倉から東郷町方面へは一気に宅地開発が進んだわけですが、何とつい最近まで、神の倉の北側、運転免許試験場の隣に5ヘクタールほどの農地・山林が残っていたのです。それが相続か何かで売りに出されて、今池の雑居ビルの2階に会社がある菊和という不動産業者がこれを買った。会社のウェブサイトも無いような小さな業者ですよ。ちなみに今池というと、高校生の頃は新今池ビルの1階にある中古レコード屋でハードロックやプログレの中古LPを買いあさるのが最大の楽しみでした。今池交差点の脇には演劇部の先輩の家があったし、今池中学校の裏にも友達の家があったな。
話を戻しまして、この山林が地元の環境活動家の目にとまり、保全運動が始まります。これが今から3年前。1万筆くらいの署名が集まり、例によってジブリの巨匠が担ぎ出されて保全をアピール。これに河村市長が乗って、業者に買収を持ちかけました。業者はこの土地を開発した後、半分は私立の小学校の用地にして、もう半分は宅地化するつもりだったのですが、それなら宅地用の部分は売っても良いよと回答。
ここまでは非常に良い流れです。
しかしここで河村市長は全面買収させて欲しいと主張。業者側は、小学校の代替地を見つけてくれたら全部売っても良いと回答したので、代替地を少し北に行った東山エリア(散々サバゲーした場所だ)に準備することにして、価格交渉に入った。
順調? しかしながらこの頃から河村市長と市議会の対立は激化。市議からは買収費用への懸念なども出て参りました。また、河村市長が提示した買収金額は20億円ほどでしたが、業者側は28億円を提示して折り合わず、ついに昨年12月、名古屋市は買収を断念して開発行為への許可を出しました。
これに激怒したのが、保全団体「平針の里山保全連絡会」です。すったもんだした末のゼロ回答、全面開発ですからね。それで同団体は今年の8月に、名古屋市を相手取って開発許可の取り消しを求める裁判を名古屋地裁に起こしました。一方、業者側は本格的な工事に着手。今朝から樹木の伐採が始まったそうですが、現場には反対派の運動家たちが集結し、テレビカメラも入ってという、お決まりの展開になっています。ツイッターを見れば、外部の活動家や野次馬たちが一方的な見解をじゃんじゃんリツイート中。
途中までは非常に良い流れだったのに、何でこうなっちまうのか。業者さんも市の買収提案を受けて半年以上は開発を待っていてくれたわけだしね。
ターニングポイントは二つあったように思います。一つは一部買収という提案を流して全面買収に進んだこと。もう一つは「平針の里山保全連絡会」が名古屋市との全面対決に打って出たこと。
どちらも痛恨の判断ミスではないかと。
名古屋市が出した値段は、単純に土地それだけの価値に値付けしたものでした(多分)。一方の不動産業者は、土地を仕入れた以上はその土地を開発して付加価値を付けて売るしか無いわけです。それでメシ食ってるんだから。儲けが出なかったら会社の業績にダイレクトに響く。菊和という会社の事業規模や財務内容はわからないですが、せっかく5ヘクタールという超大型案件の土地を仕入れたのに、儲けゼロで売却してしまったら、下手すれば会社潰れるでしょうし、そうでなくても社員の給料が減ったりするんじゃないですかね。
そんなの知ったこっちゃねえって? 吹けば飛ぶようなデベロッパーが潰れて社員とその家族が路頭に迷おうが、この里山さえ残ればそれで良いって? 無茶言わんといてください。
一旦、開発業者が土地を仕入れたら、葉山町の山林(市街化調整区域)330ヘクタールを大和ハウスがタダで葉山町にプレゼントしようとしてるとか、JRが五日市線の一番奥の山林(横沢入)を東京都にあげちゃったみたいに、「開発しても儲け出ない」+「会社規模がやたらでかい」の2点が揃わない限り、仕入れ値で転売せえとかタダで寄越せなんて話は絶対通らないですよ。そこを理解して、割高な値段で土地を買うしかないという予想が河村市長に出来ていたのか?
もう一つは、保全活動団体が自治体を訴えちゃったこと。訴状見る限り、どうにも勝ち目が見えない訴訟な上に、せっかく協力して保全を目指してくれていた名古屋市を敵に回してしまったということですから。名古屋市としても、もうこの団体とはお付き合い出来ないでしょう。買収話が頓挫した時点で切り替えて、一部買収の可能性を探るとか、業者と協力して、やれる限りのまちなか緑化を施した環境共生住宅地づくりに取り組むとか、そっから更に発展して、市内の市街地再緑化を進めるとか。市と協力して、市内の他の山林(守山区とか緑区あたりにはまだまだあるでしょ)で開発される可能性がある場所のデータベース化をやるとか。非常に難しいけれども(「南山の自然を守り育てる会」だって、発想の切り替えまでは辿り着いたけれども、実行力までは・・・・)可能性ゼロではない途はあったはずです。しかし、この訴訟で全部パア。市も業者さんも、「あそことは金輪際・・・」でしょうからね。
地域で末永く街作りや環境問題に取り組んでいくならば、自治体とコトを構えるのは最低最悪の選択ですし、一旦デベロッパーが土地を仕入れたら、開発を止める力があるのは億単位の現金だけ。だからデベロッパーに土地が渡った時点で現況保全は100%無いと思っておいた方が良いです。もうこの案件は投了して、今から何ができるのかを考えることにお金と時間と知恵を使うべきかと思います。
例えば私の中学高校の同級生の一人は、「里山開拓団」という組織を作り、八王子の山林を買い取って自分たちで整備を進めています。東村山でちょっとした山林の公有地化に成功した「淵の森保全連絡協議会」は、代表がジブリの巨匠という強みもあるでしょうが、買収の為に2452万円もの資金を集めました。東郷町とか三好の東名三好インターチェンジ辺りなら、まだまだ民有地の山林は残っています。豊田市まで行けば、今でも山林だらけです。このまま負け戦の続きで法廷闘争を続けるよりも、少し郊外の山林を買って皆で整備した方が、生物多様性という観点からはよほど有効だし建設的なように思えるのですが。
取り敢えず、不動産業者さんを一方的に罵倒するツイートやブログエントリーを撒き散らすのは止めるべきかと。