「誰も教えてくれない研究者の悪知恵」 その2

4:ゴミ情報の海の上で迷子になるな

 さて、ゴミのように無価値な情報で埋め尽くされた知識自慢、勉強自慢の本というものは、言ってみれば無駄な情報が見渡す限り広がっている大海原のようなものです。ゴミ情報の海の上で迷子になって遭難という憂き目に遭わないためには、「今、自分はどこに居るのか」「自分はどこから来たのか」「自分はどこを目指しているのか」を常に知っておかなければなりません。すなわちナビゲーションです。

 情報の海の中をナビゲーションするためにまず大事なのは、その文献の論点を把握することです。その文章は何について書かれているのかを見抜くことです。だからこの演習では毎回毎回「この文献の論点は~~~である」という報告書を書かせているわけです。論点という言い方でわかりにくいならば、こう考えても良いでしょう。

「その文章の主人公は誰なのか?」

 主人公の居場所がすなわち、読み手であるあなたの居場所です。
次に大事なのは、あらすじを把握することです。起承転結を直接構成している情報はどれなのかを見分けるのです。こう言い換えればわかりやすいかもしれません。

「そいつ(主人公)が何をして、どうなったという話を著者はしているのか?」

 あらすじとは航跡であり、また今後辿るはずの航路です。つまり「自分はどこから来たのか」「自分はどこを目指しているのか」に相当します。
 
 例えば「桃太郎」という民話があります。この話の主人公は「桃太郎」という男で、この男は川に流れてきた桃の中から生まれて、老夫婦に育てられ、後に「鬼ヶ島」という島に遠征してこれを征服したというのが物語です。

 これが『(自粛)』ならば、主人公は「江戸・東京の盛り場」です。仮にここでは「江戸・東京の盛り場」を擬人化して「江東盛ちゃん」と名付けましょうか。要するに『(自粛)』というのは「盛ちゃん」の半生を取り上げた伝記だと思えば良いのです。

 盛ちゃんの行動についての「5W」さえ把握していれば、後の余談雑学は全部読み流して構いません。5WというのはWho, Where, When , Why, Whatの五つの英単語をまとめた言い方ですが、難解な文献でもこの5Wに注意しておけば、取り敢えず迷子にならずに読み進められることが多いです。『(自粛)』の場合、Whoは「盛ちゃん」で確定していますし、どの街に居る盛ちゃんなのかも把握は容易でしょう。時期の把握も難しくありません。とすれば、皆さんが読み取るべきものは、二つだけ。WhyとWhatです。

 先に書いておきますが、『(自粛)』は悪文で書かれた悪書なので、時系列に沿って話を進めているとは限りません。例えば2章では、時代的に後に来る話が先に出てきています。そういうものにまともに付き合っていても幻惑されるだけです。

5:おわりに

 『(自粛)』を1年次の基礎演習で読ませるというのは、個人的にはかなり無茶なチョイスだと思います。普通は修士課程くらいで読ませる本ですからね。ただ、最初にも書きましたが「難しい本であること」と「大事なことが書いてある本であること」の間には相関関係はありません。そして『(自粛)』は、さほど大事なことが書いてある本では無い、というのが私の評価です(学者が書いた研究書の中にも、心が揺さぶられる本、魂が震える本は沢山ありますし、学問の面白さや奥深さを知るには、そういう本に出会うのが一番です)。

 だったら開き直って、無駄情報をザクザク捨てて、必要な情報だけを取り出す練習台にしちゃえ。

 これが私の演習での、この本に対する基本方針です。
 でも、間違えないでください。皆さんがこの極秘文書に書いてある裏技を使って良いのは、取り敢えずこの本だけです。この本は教員である私が「これはゴミ情報の塊だ」と判断したから、そのように扱って良いとしているわけですが、皆さんにはまだ、ゴミ情報のてんこ盛り本と、本当に大事なことが書いてある本を見分ける眼はありません。皆さんはこれから、沢山の本を読んで眼を養っていく必要があります。

 一つアドバイスをあげましょう。

 本の見分け方も、人の見分け方も同じだってことです。本や論文は、それを書いた時点での、著者の人となりを怖いくらいに反映しているものです。これから皆さんは沢山の本や論文に出会うことになると思いますが、まず次のことだけを全身全霊をかけて見抜くようにしてください。

「こいつは自分が幸福になることだけ考えてこれを書いたのか、他人が幸福になってくれることを心から願ってこれを書いたのか?」

 自分がいかに勉強して色々知っていて難しいことを考えているか。それをアピールすることしか考えていない文章には、自己中な匂いが充満しています。自己中だから読み手のことを何も考えていません。だから、必要な情報をフィルタリングして抽出するのにやたらとエネルギーを食われる文章になります。そういう文章には、皆さんが自己中な人に出会った時に感じる印象と全く同じ気配が漂っているはずです。

 そういう気配、そういう匂いをかぎ分けられるようになったら、遠慮無くこの極秘文書にあるノイズ除去法を使ってやってください。逆に、阿部さんや甲斐さんの本のように、自分が人生をかけて見つけ出した大切なことを出来るだけ多くの人に知ってもらって、みんなで幸せになりたいという思いで書かれている文章に出会ったならば、どんな些末な部分にも大事なことが書かれていると思って、大切に大切に読んでください。

 以上です。