今どき穴埋めプリントの答えをひたすら黒板に書くだけの授業をする中学校にはちょっと困る

息子の社会の点数がひどすぎるので、一体授業で何をやっているのかと聞いたら、穴埋めプリントが配られてその答えを教員がどんどん黒板に書いていくのを、大急ぎで写すだけなんだそうな。

息子は軽い書字障害があって、手書きで字を書くのが遅いから、ほとんどお手上げ。もちろん稲城五中というか稲城市は1人一台PCなんてやっていない(全国的に見ても稲城市はPCと児童生徒の数の比率がかなりひどいランク。高橋市長は問題意識を持っているけれど、権限の問題で教委にはほとんど口出し出来ないのだという)から、呆然と黒板を眺めて次々に消されている穴埋めの答えを見ているだけなのだという。

教科書を読めば書かれていることはわかるけれど、それを読んでいる時間も(授業中には)無いので、結局授業では何もアタマに入らないのだそうな。

それで社会が面白くないといつも言っているわけだ。実際には小学校低学年から「ガイアの夜明け」や「カンブリア宮殿」や「プロフェッショナル仕事の流儀」は大好きなんだから、彼にとって面白くないのは稲城五中の社会科教員の授業なだけなんだけど。

なんたる低能な教員だと呆れつつ、今回の範囲はどこかと聞いたら、室町末期から安土桃山時代だというプリントが出てきた。

で、かばんの中から変な穴埋めプリントが出てきたので、それをとっかかりに20分ほど、東アジア海域史の講義をしてやった。

そもそもなんだこのプリントは。石見銀山の銀がスペインやポルトガルに輸出されていたとか、嘘書いてるんでねえよ!

「いいか、このプリントは嘘を書いている。たしかにスペインやポルトガルの商人は16世紀に日本で銀を買い付けて行ったが、それはそのまま中国に持っていっただけだ。日本と中国では銀の価値が全然違って、日本の方が遥かに安かった。だから連中は日本で銀を仕入れて中国に持っていくだけで大儲け出来た。中国で生糸を買って日本に持ってきて、銀で支払いを受ける。その銀を中国に持っていって生糸を仕入れる。これをやっているだけでアホみたいに儲かった」
「頭いいね」
「今はインターネットがあるからこんな値付けの違いで利益を抜くなんて無理だけどな」
「勉強不足のリサイクルショップならたまに掘り出し物があるけどね」
「それで、日本からどんどん銀が出ていくんで、これはあかんとなって、鎖国政策が取られた。その時にオランダだけはOKってなったのは何故かわかるか?」
「わからない」
「スペインやポルトガルはカトリックだ。カトリックはローマ教皇がトップで、神聖ローマ皇帝がナンバー2という仕組みになっている」
「テルマエ・ロマエに出てきたやつか」
「そう、あれだ。古代にはこれだけの領域がローマ帝国だった。イタリア、スペイン、フランス、ドイツ、イギリス、ギリシア、トルコ、イスラエル、エジプト、リビア、チュニジア、モロッコ」
「すげえ」
「テルマエ・ロマエでもローマの軍隊が戦争してただろう。あれがローマ皇帝の役割だ。16世紀でもまだドイツとスペインとポルトガルとイタリアはローマ帝国だった。それでスペインで結成されたイエズス会というカトリックのサークルに国がどんどん補助金を入れて大きくして、全世界に宣教師を送り出した。日本に来たのはその中でも一番の切れ者だったザビエルというやつだ。創設メンバーでナンバー2だ。こいつが来て、九州あたりの大名がどんどんカトリックに転んだ。放っておくとあぶないというんで、カトリックは叩き出された。オランダはスペインと喧嘩して独立した国で、プロテスタントだ」
「何が違うの?」
「プロテスタントは聖書だけ大事にしていれば、あとはそれぞれ勝手にサークルを立ち上げて良い。Coderdojoみたいなもんだ」
「わかりやすい。Coderdojoはdojoごとに少しずつやり方が違うもんね」
「オランダはカトリックじゃないし、布教もしませんからといって出入り禁止を免除してもらった。でも江戸幕府は銀の流出を防ぐために、年間の取引額を厳密に規制して、この金額内でのみ取引しろという形にした」
「なるほど」

※オランダは島原の乱で日本のカトリック教徒が反乱を起こした際には幕府側で援軍を出しているくらいガチの反カトリック
※江戸幕府は年間の銀の持ち出し枠を中国に対し6000貫、オランダに対し3000貫と設定して(1715年以降)厳重に管理していた
※江戸幕府のキリスト教禁止は徹底的で、長崎出島の中でのキリスト教の祭礼も厳禁
※カトリックは制度上、ローマ教皇が最高権力者になるので、カトリックに改宗した大名は天皇や徳川将軍よりもローマ教皇に従うことになる

「そうそう、鉄砲伝来が何故大事かわかるか?」
「わからん」
「鉄砲が無くても戦争出来るしな」
「うん」
「鉄砲はそれまでの主力兵器だった弓よりも遥かに調達コストも訓練コストも安い。調達コストは半分くらい」
「なんでそんなに安いんだ?」
「弓が高すぎるんだ。日本の弓はこんなに大きいし、複数の部材を膠で張り合わせて作るから時間も手間もかかる。訓練も弓よりずっと短期間だ。それでいて戦場では強い」
「コストが安いのは大きいな」
「だから鉄砲を大量装備すれば、練度の高いプロをいっぱい雇わなくても戦争が出来たわけだ。戦争のあり方が変わった」
「なるほど」

※戦国末期には日本の軍隊の3分の1は銃兵だった