ヤップ島の伝統の現在

 ちょっと面白い論文を読む機会があったので、内容をさらりと紹介します。

則竹賢「ミクロネシア・ヤップ社会における. 伝統の表象と実践─ヤップデーを事. 例として─」『アジア経済』45巻、2004年

 著者は大阪大学の人類学の博士課程を出られて、今は日本学術振興会特別研究員(特に優秀な若手研究者が3年間貰える高額の給費奨学金、のようなもの。私の知り合いにも数人います)をしておられる方のようですね。

 さて。この論文の則竹さんはヤップ島で毎年3月1日に行われる「ヤップデー」というお祭りに注目して、ヤップ島における「伝統」が今、どのようになっているかを分析しています。「ヤップデー」というのは、名前からしていかにも最近出来たお祭りくさいですが(「なんとか団地まつり」みたいな)、その通りこのお祭りはせいぜい40年の歴史しかなく、行政主導で進められたお祭りだそうです。

 当初は日本の新興住宅地によくある「市民まつり」みたいな感じで、みんなで集まって盛り上がるというのが「ヤップデー」の趣旨でした。しかし(則竹さんの分析によれば)、ヤップ島外の人々がことあるごとに「伝統が色濃く残るヤップ島」という言い方をするのに気がついたヤップ州政府は、これを逆手にとって、次の二つの要素を「ヤップデー」に付加しようとした、といいます。すなわち

・伝統的な衣装を着たり伝統的な歌舞をおこなうことで、ヤップ人自身が自分たちの伝統を確認する
・ヤップ島の伝統に触れられるお祭りとして外部に宣伝し、観光資源とする

 ところが、ヤップ島というのはそういう見た目ではなくて、日常の社会を仕切る微妙な心のヒダの方にこそ古くからの習俗が色濃く残っておりまして、行政側の思惑通りに「ヤップデー」をやろうとすると、むしろそちらとぶつかってしまうのだそうです。

 特に問題になるのが村の間の序列。大ざっぱにいうと、ヤップ島には次のような序列があります。

1)えらい村
2)えらくない村
3) 離島

 例えばかつて「ペサウ」や「ムソウマル」建造を主導したガアヤン酋長などは「えらい村」の人。逆にマウ老師やその一族は「離島」の人。この序列がどれだけ強いかというと、例えば1994年の「ムソウマル」の航海成功のパーティでは、「ムソウマル」の船長を務めたマウ老師やその一族がパーティ会場に入れて貰えなかったというくらい。

 附記しておくと、ガアヤン酋長はマウ老師たちを気遣って自分からパーティ会場の外に出て、彼らを労って回っておられたといいます。

 話を戻しましょう。ヤップ島に住む人々の中で今も一番リアルな「伝統」というのは、要するにこういう村の間の序列とか、村の間の礼儀作法です。日本だってそうでしょ。ゴーンさんの来る前の日産自動車なら、1970年代に吸収合併したプリンス自動車系列の人間(日産車体)は日産本体の人間より格下だったとか、大学なら旧帝大・筑波&広島・旧六大の序列があってさらに旧帝大の中でも東大と北大や九大では全然格が違うとか。お前なんか新参者のくせにその口の利き方は何だとか。

 ところが行政主導の「ヤップデー」は、原則としてそういう上下関係や序列は持ち込まないということになっている。しかし祭りの準備段階では、序列が下の村が上の村に楯突けば「その口の利き方は何だ」となる。

 則竹さんはこういった現状を明らかにした上で、このようにまとめます。「ヤップデーに関係する『伝統』は、行政側では西洋的近代的普遍的な意味でのそれであり、島民側ではヤップ島独自の『昔からのやり方』である。つまりヤップデーにおいて行政と島民は同床異夢の状態にある」。

 わかりにくいですかね。じゃあ日本に置き換えてみればわかるかな。ヤップ州政府がヤップデーでやろうとしていることは、乱暴な喩えをするならば文部科学省が「卒業式では国旗を掲揚して国歌を歌いましょう」と指導しているのと同じです。伝統というものを非常に観念的かつ四捨五入的、さらに言えば最大公約数的に扱っている。ね。国旗国歌論争で必ず出てくるあの理屈「それが世界の常識、グローバルスタンダード」というとき、個々の地域ごとの人々とクニの関わり方の歴史やマナーは無視されてしまっている。

 ところが多くの人にとって、そういう形での国との関わり方は、西洋近代のシステムである「学校」が導入された後で、その「学校」において教えられるものであって、1万年前5000年前2000年前から連綿と築き上げてきたという意味での「伝統」ではないわけです。本当にリアルな伝統、そこから逃れがたい伝統というのは、やっぱり味噌汁と炊きたての白米が一番旨いとか、前略と書けば草々、拝啓と書けば敬具で終わるとか。そういう「法律には書いていないし書いてもしょうがないもの」の中にある。

 ヤップの人々にとってもそうです。いくら行政府が「ヤップデーでは村の序列とか無しね」と言っても、そこからは逃れがたい。行政府にはコントロールしきれない部分。そんな島で航海カヌー学校を創設しようとしているヤップ離島出身のセサリオさんの行く手にはさぞかし苦労が多いことでしょう・・・。

 というわけで、なかなかコンパクトかつクリアにまとまった良い論文だと思うのですが、一つだけ気になった点があったので書いておくことにします。則竹さんはこの論文の中で、ヤップデーに関わる行政府の姿勢をウェブサイトやパンフレットの文言、ヤップデーでの偉い人のあいさつの表現のみをソースにして分析しておられるようですが、これはちょっと迫真性に欠ける気がします。やはり日本に置き換えてみればわかりますが、行政が出す一般向けの文書やえらい人の挨拶というのは、なるべく内容を玉虫色にしてコンパクトにまとめるものなんです。そんなところには本音は絶対に書かれていない。えらい人や行政の本音が知りたければ、そういう人たちとじっくり付き合って、いつかポロッと漏れてくる本音の瞬間を待つしかない。あるいは周辺取材を丹念に行うか。

 ですから、ヤップの行政が本音の部分で「伝統」をどう捉えているのかは、この論文ではたぶん全く明らかになっていないんじゃないのかな。

 生意気いってごめん。