NovelJam2019の準備資料を発掘したので公開してみる

これは「天籟日記」の設定を作っている時に書いて、森きいこに共有したメモです。

実はクリークヴァルト公国についての考察もあるのですが、これは今後の「天籟」シリーズのネタバレになりそうなので伏せておきます。

【ここからメモ】

1:民族について

社会学の教科書的には、まず民族の定義について「客観主義」と「主観主義」があります。

客観主義は、土地共同体・文化共同体・血縁共同体・運命共同体といった概念を民族の基礎とします。

主観主義は、民族意識・民族感情・民族としての集団意思などが民族の外縁を規定すると考えます。

2:歴史的な民族運動の流れ

19世紀前半、東欧や南米で民族独立運動が盛り上がります。ハンガリーやポーランドなど。メキシコやブラジルもこの時期に独立します。

20世紀初頭には民族主義・民族運動は全世界に広まっており、義和団の乱(1900)やシベリウス「フィンランディア」(1900)、バルトークらの活動もこの時期です。

3:天籟国における民族運動の展開の可能性

これについて考えるとき、二つの要素が問題になります。一つは市民権の問題、もう一つが民族概念の問題です。

市民権は今で言う国籍の元になった概念ですが、ある都市や国において選挙権など含む全ての権利を行使出来る権利のことで、歴史的にはこれを持っている人は、社会のごく一部でした。それが17世紀くらいから徐々に拡大されていって、20世紀になってようやく女性やマイノリティにも主流派男性と同じ権利が付与されるようになったわけです。

ちなみにアメリカでCivil Rights Actが出来たのは1866年です(それ以前にも植民地時代からの法律はあった)。イギリスは1772年のBritish Nationality Actで、イギリス人の父親の子には国籍を与えると規定しました。

さて、19世紀末の天籟国について考えます。

この国は制度上は清への朝貢国です。つまり属国です。
ではどのような立場で清国と結びついているのかが、問われます。

まず、外交。これについてはクリークヴァルトと婚姻を結ぶことになっている時点で、独自の外交を行う権利があると認められます。

次に、軍事。小さな国なので常備軍は些少、おそらく宮殿と国境の警備で100人くらいの兵士がいるくらいでしょう。一方で天籟の姫の超能力により、防衛力に関しては相当なものがあります。毎年のように侵略軍が来れば姫たちの能力の発動限界を超えるので、歴史的には超能力よりも外交による生き残りに注力してきたとは思いますが。いずれにせよ、差し当たって清の保護国にはなっていないはずです。

つまり、国として見ると、近代国際法上は、独立国として見られます。

では天籟国の人間の国籍はどうなっているのか。

清は18世紀にはパスポートの発行を始めているのですが、おそらく天籟との国境は開放していたと思います。天籟の住民も、今の感覚で言えば三鷹市に住むか調布市に住むかくらいのノリで、たまたま天籟に生まれたとか、天籟に嫁入りしたとかいう理由で天籟に住んだり住まなかったりしていたでしょう。

国籍をどうするかの問題が浮上するのは1842年にアヘン戦争が終わり、欧米のビジネスマンが天籟まで直接入ってくるようになってからです。そこで初めて、税関を作る必要が生まれ、あんたどこの国の人? ということが問われるようになる。特に重要なのは税関を作って外貨持ち出しをコントロールするということです。せっかく更紗で稼いだポンドやドルを無制限に国外に持ち出されては困る時代になったというわけです。また、幾つかの品物(おそらく高級輸入品)には関税もかけたでしょうし、麻薬類や武器類の国内持ち込みも厳しく取り締まる時代になったでしょう。

この時期(日本では明治維新の動乱期)に、天籟国の国籍法が制定されます。時代的に多重国籍は当たり前なので、「多重国籍OK」「血統主義」が採用され、その「血統」は例えばこういう形を採るでしょう。

「天籟国国籍法(1848年制定)

1. この法律が最初に発布された日に、天籟国内に居住している者に、天籟国籍を与える。
2. この法律が最初に発布された日以降に、1に規定された者およびその者を父母いずれかとする者を親として生まれた者に、天籟国籍を与える。
3. 天籟国籍を持つ者を親として生まれた者は、天籟国籍を与えられる。」

父母いずれかが天籟国民であれば良いという規定は、天籟国王室における女性の地位の高さによるものです。要は「女性の機嫌を損ねると国防上非常にまずい」という政治的な事情から、強烈な父系文化である漢族やチワン族とは異質な文化が形成されてきたわけです。天籟における歴史的な女性の地位の「低くなさ」は、周辺の漢族やチワン族との間での文化的境界を形成しており、ゴリゴリの男尊女卑DV野郎が天籟に移民してくることを防いできました。漢族の亡命者も、天籟国内に入る際には父系社会の象徴である系図と姓を放棄させられましたから、そこでゴリゴリの父系文化が持ち込まれるのを防いでいたということになります。

【メモここまで】
森きいこ『天籟日記』公式サイト