全国小中学生プログラミング大会。
優勝した三橋さんについて早速、匿名掲示板でああだこうだと書いている人たちがいる。そこを見ると、学校の教員の仕込みやバックアップがあっての受賞ではないかという見方もある。
だが実際には彼女は所属する学校のバックアップは一切受けていない(私みたいにコミュニティの周縁をうろちょろしている程度の人間でも知っている話だよ)。
学校の教員が果たした役割を勘ぐっている層は、プログラミングコンペを吹奏楽や演劇の全国大会(に至るトーナメント)と同じ構造を持つものと考えている。共催に毎度毎度の朝日新聞社が入っているし。
しかし今の所、あれはそういうものではない。
とはいえ、今後そうなっていかないとも言い切れない。現に共催にはカドカワやCANVASも入っている。
こうしたキッズプログラミングコンペの一つの方向性としては、運営にいっちょかみしてくる教育産業が彼女のような人物を福原愛や浅田真央の系譜の「天才少女」として(男性ならば「天才少年」だ)売り出し、その影響力を活用して自社の展開するプログラミング教材や教室に子供を勧誘するというものがある。
コンペで勝つことが評価基準なら、それ用の特訓コースを作れば技術的に高度な作品は生み出しやすいのも事実だし、そういう有料コースは既に存在している。もちろん、その産業構造に乗りたいキッズは乗って良い。スポーツや芸能の世界と同じことがキッズプログラミングの世界にも入ってくるだけで、それが一概に悪いとも言えない。この分野に人とカネが入ってくるという点でメリットも大きいだろう(今回の入賞者の顔ぶれを見ると、本人よりは親がそっちの方向での売り出しに熱心と思える子も居るが)。
しかしながら、一応は社会学者かつ教育学の修士も持つ人間としてキッズプログラミングの今の現場を観察していると、彼女を生んだ土壌というのは全国吹奏楽コンクールや甲子園のようなコンペありきの文化ではないように思える。
どちらかと言えばストリートアートやトライバルアートの文化に近い世界だ。
これにについては「美術手帖」2018年4-5月号の黒瀬陽平と宇川直宏の対談が示唆的で、アートの世界には村上隆のように売ってナンボの方向性に行くものもあれば、出身コミュニティの文化を大切にして、そこを商業化によって壊さないことを重視する者もいるということを二人は指摘している。
そして、少なくともScratchのコミュニティは村上隆路線ではなさそうだ。
また、現場で観察していると子供たちには色々な方向性があり、コンペで勝つより沢山の人を楽しませたいタイプ(三橋さんもそっちの人と思う)、とにかく黙々と何か作っていれば幸せなタイプ、初心者のサポートをするのが好きなタイプ(うちの息子はこれ)など、やりたいことはそれぞれ違う。方向性が違う子たちがなお、同じコミュニティの中で「作る」という一点でゆるーく繋がっている。そしてそのような多様な方向性の共存がコミュニティの豊かさを担保している。
そういう場なのではないかと推測している。
だから、スタートアップ業界のレッツメイクマネー文化とキッズプログラミングコミュニティの文化は明らかに違う。
朝日新聞系トーナメント部活ワールドの、栄冠は君に輝く文化とも、当然違う。
だが現実にレッツメイクマネーワールドの人々が栄冠は君に輝くトーナメントでキッズプログラミングをマネタイズしにやってきている今、彼女を生んだScratchのコミュニティとその文化が、ストリートアート的な、あ、君も書いてるんだ、今度一緒に書こうよ的な文化を失わないままでいられるのかが、とても重要になってくるだろう。
Scratchコミュニティからレッツメイクマネーコミュニティに行く子は当然、居て良い。居ない方がおかしい。栄冠は君に輝くプログラマートーナメントに青春を燃やす子が出てくるのも当然だ。
とはいえ、それはあくまでもコミュニティの外でやるべきことなのではないかという指摘はしておく。
自分のフィールドワークの範囲内での知見だが、Scratchのコミュニティは贈与経済が基本原理である。貨幣経済ではない。シェアリングというと最近では個人資産の時間貸しのイメージが強いので、ここではより明確にGift Economyと書こう。
贈与経済は受け取ったものを次に回す(再贈与)ことで贈与の連環が生まれ、コミュニティ全体が豊かになっていく仕組みだ。贈与の連環を止めてはならない。コミュニティから貰ったものを再贈与せずにマネタイズしてはならない。朝日新聞社はScratchコミュニティから何かを持ち出してカネに替えてはならないということである。
あと、レッツメイクマネーに行くなら行くで、子供を食い物にする悪い大人(掃いて捨てるほど居るよ?)に引っかからないような準備はしておいた方が良いだろう。栄冠は君に輝きたいのが本人の意志なのか、親の自己実現の代理にされてはいないか。そこも気をつけるべきだろう。