今、多摩地区で最も熱い論争が展開している場所は、稲城市の「南山」地区の区画整理事業です。地権者、開発反対派市民グループ、開発容認派市民グループ、市当局が入り乱れての大論争。市長に脅迫メールを出して捕まった人もいます。
最近、特に熱いのが、開発反対派から市長宛に出される公開質問状(複数あります)。
うーん、熱い。何となく質問の宛先が違うんじゃないかという気がするものもあるのですが(市長ではなく組合宛の方がふさわしいのではないかと)・・・。
さて、この論争、どうにもその全容が掴みづらいので、ちょっと整理してみました。基本的には開発反対派「稲城の里山と史蹟を守る会」の主張を検証する形になっていますが、これは、そもそも論争を仕掛けているのがこのグループであるという理由からです。それでは順に見ていきましょう。
1:「稲城の里山と史蹟を守る会」の立場の整理
「造成される宅地は、大地震で地盤崩壊の危険があります。」
「私たちがまず問題だと思うのは、「区画整理組合」と「稲城市」は、工事方法の大幅変更で、工事車両、土砂の搬出入のダンプ等による周辺環境(安全、騒音、排 ガスなど)への影響、工事に伴う周辺地域への土砂流出等の防災措置がどうなるのかを稲城市民や川崎市民などに説明しないまま着工しようとしていることです。」
「しかも、この工事は墓園計画予定地だけでなく、全体計画は10年もの長期間にわたるものなので、開発地域ごとにダンプカーのルート、台数、渋滞、安全、騒 音、排ガスなど明らかにし、事前に住民説明会を開き意見を聴き、より適正な環境への対策をこうじた上で着工すべきです」
ここでは論点が整理されないまま論が展開されている印象があります。「稲城の里山と史蹟を守る会」の立場は、「市民のコンセンサスが成立し、なおかつ工事に対する適正な環境対策が講じられ、大地震による地盤崩壊の危険が通常の造成地並であることが客観的に論証された場合には、南山東部地区区画整理事業を容認する」のか、それともこれらの問題が解決されたとしても、南山東部地区区画整理事業には反対なのか、どちらなのでしょう?
2:地権者自身におけるリスクの問題の位置づけ
「南山開発は、地権者にとって、先祖伝来の土地・財産が丸ごと失うリスクが伴う危険な開発です。多摩ニュウータウン稲城地区では、開発した宅地が18haも 余って空き地になっています。開発した宅地が売れなければ、地権者にとっては高い税金を払うための収入にもなりません。売れない宅地を抱え、いっそう高い 税金に苦労することになります。ゼネコンが買い上げたとしても、安く買い叩かれては、手元に何も残らず、財産を丸ごと手放すことになりかねません。」
この指摘が妥当だとしても、地権者におけるリスクについての認識と合意が成立しているのであれば、地権者ではない市民がそれを理由に地権者による区画整理を止める理由にはならないのではないかと思います。「稲城の里山と史蹟を守る会」は別のところで403億円とされる総工費がふくらむ可能性も指摘しておられますが、事業の資金繰り計画が変更を強いられて、403億円を超える費用が必要になったとしても、それは組合が解決すべき問題ではないでしょうか。例えば総工費が450億円になった時に、市の財政にどのような影響があるのでしょうか? その辺りをもう少し詳しく論じる必要があるでしょう。
3:市税の数値に関する疑問
「8万本の木を切って、太古の時代から続いてきた南山を、多摩ニュータウン開発で失われた「多摩丘陵の唯一の残された場所」をなくしてしまう事に、我々の税金から20億を出すのですか?」
(中略)
「さて、この20億は序の口です。20億円は、民間事業に対する市の補助金です。もし南山が開発され、マンションが建ち、道路が通り、7000人の人が住む ようになれば、稲城市は色々な公的サービスを提供せねばなりません。先ずは学校が必要です。その他色んなモノが必要になります。学校を一つ作るのに数十 億~80億円かかります。補助金を含めて、必要な環境整備に稲城市としては100億円以上の金を投じる事になるのです。これは市民一人当たり12.5万円 になります。」
この「100億以上」という数字はどのようにして算出されたのか、もう少し詳しい根拠が示してあると良いと思います。また「市民一人あたり12.5万円」という数字は、南山東部地区に新たに居住する市民の数を含めた上での割り算なのでしょうか?
4:「8万本」という数字について
「私達は8万本の木を切り、南山そのものがなくなってしまう開発自体が、21世紀の社会のニーズにあっていないと考え、開発自体を止めるべきだと考えています。」
緑地の18%は残されるわけで、8万本の全てが消滅するとは言えないのではないかと思います。緑地以外の部分の植栽も考慮すると、現状計画でも緑地の2割程度は維持される、つまり消滅するのは6万4千本程度では?
5:「稲城の里山と史蹟を守る会」による対案について
「都と市が予定している南山開発の補助金64億円を振り向けて、今までの借入金などを処理する方法も可能ではないかと思われます。」
宅地造成に対する補助金と里山保全に対する補助金では、その後の税収が全く違ってくると思います。南山東部地区を宅地化した場合には、そこから得られる固定資産税、住民税、事業税などによって後々、都や市の税収が増えることになりますが、里山として保全した場合、税収は殆ど期待できません。すなわち、見かけ上は同じ金額の支出であっても、自治体の財政に対しては異なる結果をもたらすのではないでしょうか。
「「みどり市民公募債」などで私たち市民の協力を得ると言った方策もあります。八王子市では、10億円の枠に86億円の応募があり、市内の斜面緑地確保の費用に充てました。」
興味深い事例とは思いますが、「みどり市民公募債」は5年後に利息を付けて返す債権とのことです。稲城市の見解によると、南山東部地区全てを買い取った場合の費用は250億円とされ、八王子市が借りた10億円の25倍にもなります。250億円を借りて里山を買い、5年後に利子を付けて250億円を返すとしましょう。少なくとも1年あたり50億円程度の税収増が無い限り、この借金は稲城市を第二の夕張市にしてしまう致命傷になるのではないかと思います。
南山東部地区を買い取り、里山として保全したとして、そこから年間50億円の税収は得られるでしょうか? 私はあり得ないと考えます。八王子市の平成20年度予算が一般会計・特別会計を合わせて3306億5千2百万円。稲城市は491億1千9百万円ですから、財政規模で言えば15%弱にしかなりません。八王子市が10億の市民公募債を出したなら、稲城市は単純に言って1億5000万円しか借りられないでしょう。