お薦めの副読本

 2巻の副読本として打って付けの一冊を見つけました。

 関哲行『スペインのユダヤ人』(山川出版社、2001年)

 

 タイトルからしてもうそのまんまなのですが、きちんとした学術資料に基づき、平易明解な文章と適切な補注によって、スペイン(イベリア半島)におけるユダヤ人の2000年を追った好著です。ユダヤ教とキリスト教の違い、ユダヤ人のディアスポラ(ローマ帝国への反乱[ユダヤ戦争])からセファルディーム(イベリア系ユダヤ人)とアシュケナジーム(中東欧系ユダヤ人)の分離、イベリア半島におけるユダヤ人政策の変遷とその影響など、これ一冊でともかく概観出来てしまう。しかも本文94ページしかない。729円。

 もちろん「アラトリステ」とか「ヴィゴ」といった名前が出てくることは一切ありませんが、2巻の背景をより深く理解する上では貴重極まりない本です。

 色々と興味深い話もありましたよ。例えばイベリア半島におけるユダヤ人政策は弾圧と融和の繰り返しであり、融和の時代には有力なユダヤ人政治家や知識人が国家の中枢に関わっていたこととか、イサベルとフェルナンドがレコンキスタを完了した瞬間に反ユダヤ政策に転じた(それまではユダヤ人の勢力をレコンキスタに利用していた)背景には、国民国家形成の為に「わかりやすい敵」が必要だったこと。2巻でも触れられていましたが、スペインからユダヤ人やコンベルソを追放したことが、結果としてスペイン王国の衰退を促したこととか。

 これは3巻や4巻の内容とも繋がるのですが、スペインを追われたユダヤ人が一番多く集まったのがイスタンブルでありアムステルダムでした。イスタンブルのユダヤ人コミュニティからは有力な政治家が出て反スペイン政策を進めましたし、アムステルダムに集まったユダヤ人コミュニティは当然ながらオランダ独立を支援しつつ、環大西洋の交易活動の中枢を担った。スペインがセビージャでやろうとしていた新大陸交易の独占を突き崩す人材と資金がアムステルダムに集まっちゃったということです(この辺は4巻を読まれるとさらに笑えます)。

 「憐れなスペインよ。」

 ところでこの本にはもう一つ、面白い記述があります。12世紀から13世紀にトレドを中心として、イスラム世界の学術書が大量にラテン語訳され、後のルネサンスの種となった話は割と知られていますが、この時トレドに集まってアラビア語→ラテン語の翻訳活動を行っていた人々は、ユダヤ人やモサラベ(イスラム圏出身のキリスト教徒)の知識人でした。その彼らがやっていたのは、ロマンス語(ここでは中世ヨーロッパで話されたラテン語系の口語)を共通言語としたチーム翻訳だったのだそうです。

 つまり、アラビア語に強い翻訳家がアラビア語からロマンス語への翻訳を行い、さらにラテン語に強い翻訳家がロマンス語からラテン語への翻訳を行うという作業。なんだ、私らがやってるのと同じようなもんじゃないですか。私らもスペイン語、英語、日本語のトリリンガル体制で「アラトリステ」の翻訳してますからね。