「カピタン・アラトリステ」シリーズに登場するいけない子たちの武装といえば、レイピア、マン・ゴーシュ、ピストルの三点セットが基本ですからね。
さて、みなさま。ピストルというと小銃の小さいものというイメージをお持ちかもしれませんが、昔から今に至るまで、小銃とピストルでは弾を撃ち出す機構はかなり異なっておりました。例えば現在の小銃はというと、一発撃つごとに手動で空薬莢を排出して新しい薬莢を装填するボルト・アクション・ライフルと、弾丸発射時に銃身の中に充満しているガスを小さなパイプで吹き戻して、その勢いで次弾を装填するオートマチック・ライフルの二種類。一方ピストルは、回転式の弾倉を指の力でエイヤと回す(引き金を引くと回る)ダブル・アクション・リボルバーか、あるいは発射時の反動(ブローバック)で次弾を装填するオートマチック・ピストルの二種類。
それでは隊長の時代のピストルはどうだったか。
ご存じのように、隊長の時代、小銃とは即ち火縄銃でした。引き金を引くと火縄が火薬皿に押しつけられて、火薬皿から銃身の中にある発射薬に火が回る。機構は単純だから安価に作れて、信頼性も高い。
一方、こういう剥き出しの火縄を四六時中燻らせているわけにもいかないのがピストルです。そこで、コストや信頼性を多少犠牲にしてでも、火縄を使わないで発射出来る装置が求められました。彼らが思いついたのは、火打ち石を使う方法です。引き金を引くと火打ち石が打ち合わされて、その火花で火薬皿の導火薬に点火する。
この時代、ピストルの発射装置には二種類ありました。フランドルで発明されたスナップハンス・ロックと、スペインで発明されたミュクレット・ロックです。機構的に優れていたのは後者でした。というのは、スナップハンス・ロックは発射前に「撃鉄を起こす」「火蓋(火薬皿の蓋)を開ける」の二つの動作が必要だったのですが、ミュクレット・ロックは、撃鉄が落ちる時に自動で火蓋が開くような工夫してあったのですね。だから「撃鉄を起こす」だけで発射準備が完了した。
それでは1巻でピストルが重要な小道具となるあの場面を読んでみましょう。180ページから。イニゴくんが二丁拳銃でマラテスタ師匠の手下を退治するところです。もうお判りでしょう。イニゴくんは撃鉄を起こしただけで発射準備を終えていますから、彼の使ったピストルはミュクレット・ロック・ピストルなんですね。
ちなみにピストルが火縄を廃した理由としては、もっと面白い説もあります。夜陰に紛れて他人の持ち物を掠め取るのがお仕事の皆さんが使い易いよう工夫された、というものです。なんせ火縄に火を付けたままでは、せっかく夜になったというのに、火縄の火が目立ってしょうがないですからね。もちろんイニゴくんだって火縄式のピストルじゃあ、あの場面でもあっという間に見つかっていたでしょうね。