これはわかりやすいですね

 「カピタン・アラトリステ」翻訳チームは結構バラバラに作業をしておりまして、今現在でも4巻、3巻、2巻の作業が別の場所で並行して進んでいると言われています。私の所の工程はただいま3巻の真っ最中。

 3巻は原著のタイトルからもわかるように、八十年戦争のブレダ攻城戦がテーマです。

 ・・・・・と書いて何のことか分かる人、果たしておられるのでしょうか?

 「八十年戦争」というのは、オランダとスペインの間で戦われた足かけ80年に及ぶ消耗戦のことです。俗に「オランダ独立戦争」とも呼ばれますが、近年の研究では、当時のネーデルラント反乱軍は別に国家として独立しようと戦っていたわけでもなく、とにかくスペインが気に入らないので、そして一旦戦火の火ぶたが切られればあとは遺恨が遺恨を呼ぶので(馬鹿なユダヤ人が今レバノンでやっているのが良い悪例)、ずるずると戦い続けていたら、もうハプスブルグの傘下に戻るわけにもいかず、かといって他に引き取り手もなく、結果的に独立するしかなかったというだけの話だったと考えられています。

 だって八十年戦争の間に、現オランダの議会は「オランダの宗主権をスペインではなくフランス国王に委ねる」決議をしたのに、フランス国王から断られてるんですから。

 さて。封切りカウントダウンが始まってじゃんじゃん流れてくる映画の画像。私がほほうと思ったのはこの一枚。

 これは良いですね。O内に当時の戦場の様子を理解させるのに最適な一枚です。

 まず隊長が小銃と一緒に持っている、先が二股に割れた棒に注目してください。これ、叉杖(さじょう)と言います。銃を撃つ際には地面に突き立てて、銃身を載せます。モノポッドの一種ですな。銃火器にはこの手のグッズ、結構使うんですよ。機関銃はトライポッド=三脚に置きますし、現代の狙撃銃はバイポッド=二脚を銃身に付けて、伏射で使うことが多いです。なんたって銃身が安定しますから、当たりやすくなるんですよ。ちなみに、叉杖を使わない小型軽量の銃もありました。歴史的にはそちらの方が古いのですが、命中精度やストッピングパワー(対人殺傷力)を向上させた結果、火縄銃はより大きく重い方向に発展しました。これをマスケット銃と言います。邦訳では小さい方を「火縄銃」、大きい方を「マスケット銃」と表記しています(これは私の判断ではないです)。

 叉杖を持っている隊長が装備しているのは、当然マスケット銃ですね

 次に隊長の肩から斜めにかかっているベルト。これは「弾帯(だんたい)」です。ベルトからぶら下がっているのは一発分の発射薬です。当時の銃は現在のようなカートリッジ式じゃなくて、一発撃つごとに装薬・装弾が必要だったんです。
 
 それから隊長が指で持っている縄。これが火縄です。戦闘が始まるとここに火を付けます。発射の際は火のついた先を金具に固定するわけです。

 それから隊長の後ろで長い槍を持って並んでいる人たち。これが矛槍(パイク)兵です。当時のスペイン陸軍の主兵装がこれでした。長さは4メートルから5メートルあります。隊列を組んで使うと、これがとてつもない攻撃力と防御力を発揮します。だってこんなのが何十本も槍衾になって突き出して来るんですよ。重装騎兵(完全に装甲で覆われた騎兵)だってうかつに近づくと馬から叩き落とされて、鎧通しでトドメを指されてアーメンでした。

 当時のスペイン陸軍は、この矛槍兵を縦横に何十列も並べていました。そしてその外側を2列のマスケット兵(ムスケテロ)が取り巻き、方陣の四隅にはマスケット兵だけで組んだ小規模の方陣を配置する。これがスペインの誇るテルシオ(スペイン方陣)です。この陣形は最終的にロクロワの戦いで歴史の表舞台から退場します。隊長とともに。