ウォーターマンへの道

 今日も本の紹介です。

荒木汰久治『ウォーターマンへの道』PHP出版、2006年
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4569647154/hokuleaunof0e-22/

 おわかりのように、アウトリガー・カヌー・クラブ・ジャパン代表の荒木汰久治さんが最近出された本です。荒木さんは昨年、沖縄のサバニを2艘横に並べて繋げた「海人丸」で、沖縄から三河湾までの航海を成功させた方としても知られていますね。

 本の内容は、大きく分けるとその「海人丸」の航海の話、モロカイ・ホエの話、そして荒木さんが憬れているナイノア・トンプソンさんやエディ・アイカウ、ホクレア号の話の三つです。中でも最も重要な要素は、やはりホクレア号の話。本のタイトルも、「ホクレア号に乗れるのは、ウォーターマンの称号を持っている者だけ」という、ジェイク水野さんの言葉から付けられているようです。

 「海人丸」の航海記では、あの小さなカタマランが梅雨空の下、南西諸島をいかにして北上していったのか、そしてあのカヌーから見た現在の日本の海の姿が、生々しい言葉で語られていて興趣は尽きません。例えば南西諸島。殆どの航程で雲が低くたれ込め、雨や大波に苦しめられつつ、クルーは荒木さんの航法を信じて航海を続けます。昼間ですから星も見えませんし、海は荒れ気味。太陽も雲に遮られて見えない。荒木さんの内面の葛藤、本当にこの方角に島はあるのか、転進するべきではないのか、船を出すべきなのか、もうしばらく待つべきなのかという逡巡が細かく描かれ、若い航法師の胸の内がどんなものかの一端を私たちは知ることが出来ます。

 また、日本列島主要部に取りついた後の航海は大型船が行き交う過密海域をいかに安全に航海するかという所に課題は移り、小さな航海カヌーが日本列島沿岸を航海するとはどんなことなのかが、ここでもまた明らかになるのです。

「伴走船に引っ張られて海を渡る。これほど悔しいことはなかった。那智勝浦に着いた時には、本当にやるせなかった。でも、古来の航法にこだわった結果、タンカーにぶつかるようでは何の意味もない。その時、僕は悟った。後半の1000キロメートルの航海は、現代の海を知り、現代社会を知り、僕らの現在位置を知る航海なんだと。そしてそこから、未来を考える航海なんだと。」(189ページ)

 荒木さんの言葉、列島を北上するうちに漁師の顔つきが変わってきた、漁業資源をお金としか見ないような顔に変化していったという指摘も身につまされます。

「三河湾のある港に入ると、水面に浮かぶ魚の死骸が数え切れないほど目についた。漁師の人たちの目も、これまでに立ち寄った小さな島々の方とは少し違った。魚や貝を『お金』としてしか見ず、取り尽くした結果、魚の数が減り、海の生態系のバランスが崩れたのだ。」(190ページ)

 ホクレア号が来ようとしているのは、こんな海なんだ。

 それはマズいっすよね。普通、お客さんが来る前には誰だって家を掃除する。特に玄関と客間。日本の海も少し掃除しておくべきかもしれません。(もと)三河人の一人として、赤面するばかりです。

 さて。上で紹介したように、この本は「海人丸」航海記だけでも充分に一読に値するのですが、私はそれ以外の部分でもこの本を高く評価しています。

例えばこの本の中で荒木さんは、ホクレア号への憬れを一切隠そうとしていません。荒木さんの目標とするウォーターマン像はずばりエディ・アイカウであり、「海人丸」は「ホクレア号の真似をした」のであり、今の夢は「ホクレア号の日本航海にクルーとして参加すること」なんだと。

 私はこうやってストレートに夢を語る方、どちらかと言えば好きですね。なんか良いじゃないですか。俺はホクレア号に乗りたい、ホクレア号に乗って日本に帰ってきたい。そんなの、ホクレア号を知っていれば誰でも一度は夢想してみるシーンでしょ。ましてライフセービング全日本選手権3連覇、「モロカイ・チャレンジ」上位入賞経験有りと、腕に憶えがある血気盛んな海の男なわけで。

 実は荒木さんはわりと毀誉褒貶のある方で、「海人丸」の航海やライフセービング全日本選手権のような素晴らしい実績がある一方で、彼個人を批判する声というのも、時折(陰口みたいな形で)流されていたりします。私自身は荒木さんに実際にお会いしたことがないので、そういった批判が妥当なのかどうかは全く判断出来ないし、そもそも私は陰口が嫌いなので、基本的に信用しないことにしているのですが。ただ、彼は少なくとも、「日本の立派な大人」的にスマートな処世術とは距離があるのかもしれない。だって、誰も(言いたくても)言えなかった「ホクレア号が日本に来るなら自分はそれに参加したい」ってはっきり言っちゃってるんですからね。彼には古き良きロックンローラーのスピリットを感じますよ。ロックンローラーは毀誉褒貶を怖れないもんです。

 でも、私はホクレア号の日本航海に関しては、むしろそういう「空気を読まない」存在が、もっともっと沢山現れて良いくらいに感じています。その方が、断然風通しが良い。そういう方が私は好きだな。私も「空気を読む」の大の苦手なんで。

だから荒木さんも、是非、ホクレア号に乗って日本に凱旋して欲しい。ホクレア号に乗って一旗揚げて欲しい。心底そう思います。「海人丸」の航海は、全世界に胸を張れるエクスペディションだと思います。ロックンロール!