どうせなら鯨の刺身でも持ってこいや

 反捕鯨という点では理路というものを全く受け付けないカルト集団であるグリーンピースが、ドイツの日本大使館前にナガス鯨の死体を置いたのだそうです。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060119-00000126-reu-int.view-000

いくら相手が自分と異なる意見の持ち主だからといって、例えばその相手の家の前に死体を置くという行為が賞賛されるでしょうか。この直前にもこの団体の船が日本の捕鯨船に特攻をかけたそうで、ちょっと手の着けようがありませんな。なにかよほど鬱屈したものを抱えているのかもしれません。

 さて。それじゃあ、実際のところ、日本の捕鯨は非難されるべきことなのか?
 この問題を知る上でとても優れている本があるので、紹介します。

小松正之『よくわかるクジラ論争-捕鯨の未来をひらく-』成山堂書店、2005年

 著者は農林水産省出身の官僚で、長年水産資源関係の仕事をしておられた方。エール大学でMBA、東大で農学の博士号を取得しておられます。現在は水産関係の独立行政法人に天下って理事をしておられるみたいですね。

 この本の第2章が、水産資源としてのクジラの現状を、実証科学的な知見に基づいて紹介しています。簡単にその内容をまとめると、以下のようになります。

Q:クジラは絶滅の危機に瀕しているのか?

A:一部の種についてはその通り。しかし、異常に増えすぎて生態系のバランスを崩している疑いが濃い種も存在する。

 今、一番絶滅に近いのはヨウスコウカワイルカなどの、淡水に棲むカワイルカ類です。これらは環境破壊や汚染の影響を直ちに受けるので、極めてヤバい状況にあります。特にヨウスコウカワイルカは1000頭を切っており、このままでは近い将来に絶滅します。コククジラも陸地に近い所に生息しているので、環境破壊の影響を受けやすく、例えばサハリン周辺では天然ガス・石油の採掘に伴うエサ場の減少が懸念されています。

 直ちに絶滅することはあり得ないが、水産資源としては枯渇しきっている種が、ホッキョククジラ、セミクジラ、シロナガスクジラです。これらはいずれも1万頭を切っています。このような事態を招いた直接の原因は、アメリカ、イギリス、ノルウェーなどによる乱獲です。これらはいずれも大規模な捕鯨が開始される前、数十万頭規模で生息していたと推定されますが、今世紀半ばまでに欧米諸国がその殆どを獲り尽くしてしまいました。

 水産資源としては極めて健全、あるいは異常に増加していて生態系を乱している種がマッコウクジラとミンククジラです。マッコウクジラは現在200万頭、ミンククジラは最低でも35万頭、もしかしたら100万頭近くまで膨れあがっている可能性があります。

 この他、ザトウクジラ、ナガスクジラなども著しい資源量の回復を見せており、例えばナガスクジラは南氷洋のうち日本が調査捕鯨を担当している6区だけでも、1990年頃の5000頭から、近年は毎年10%以上の勢いで増え続けており、現在では36000頭まで増えていると考えられています。
 
 特に問題なのは、シロナガスクジラの乱獲によって爆発的に増えたミンククジラです。捕鯨開始以前、南氷洋にいたミンククジラは8万頭と考えられています。ところがシロナガスクジラの激減で、同じエサを食べるミンククジラが爆発的に増えてしまったのです。しかも、この異常に増えすぎたミンククジラがシロナガスクジラの回復を妨げている可能性が高いのです。というのは、シロナガスクジラは1960年代には保護が開始されているにもかかわらず、40年経っても1万頭を超えないのです。逆に、反捕鯨カルトによって盲目的に捕鯨を制限されたミンククジラが激増してしまい、シロナガスクジラが増える余地が失われてしまったようなのです。

 とはいえ、現在も捕鯨によって資源量減少の危機にある種があることも確かです。北極海のホッキョククジラの推定資源量は9000頭なのですが、2002年、アメリカはアラスカ先住民の権利として、2003年から5年間で280頭を獲らせろと主張しました。日本はこれに対し、9000頭しかいない種を毎年56頭は獲りすぎだから、資源量の推移をみつつ、単年度の枠を設けるべきだと指摘し、本会議ではアメリカの要求は退けられました。

 ところがアメリカは本会議後に特別会議の招集を要求し、そこで自分の要求を通してしまったのです。

 一方、日本近海で25000頭もいるミンククジラを対象とした、日本の伝統的沿岸捕鯨の復活は認められませんでした。

 アメリカ先住民はクジラを捕らなければ食っていけないからなんだろうって? ホッキョククジラを獲りたいというアラスカの先住民は海底油田の利権を持っていて、そこからの上がりで極めて裕福な状態にあるそうですし、シアトルあたりの部族は70年間も捕鯨をしていなかったのに、アメリカ先住民枠で近年捕鯨を復活させたのだそうです。

 それって、どうなのよ。

 ところで、私ですね、ホクレア号が仮に日本に来たらですけども、日本の伝統的捕鯨の歴史と現状を、彼らに是非とも知ってもらいたいと思っています。

 日本の捕鯨は既に縄文時代には開始されておりましたが、捕鯨文化が花開いたのは江戸時代に入ってからでした。1606年、和歌山の太地で、鯨組と呼ばれる捕鯨集団が生まれます。この集団は、当時、捕鯨技術では最先端であった知多半島から、小野浦という漁村の漁師を招き、商業捕鯨を展開しました。この頃の捕鯨法は、小舟で乗り出していって鯨にモリを突き立てるというものでした(突き獲り)。ところがこの方法だと、鯨の種類によっては死ぬと海に沈んでしまうので、せっかく仕留めたのに獲物を回収できないということがありました。

 そこで1677年、「網獲り」という方法が開発されます。鯨に網をかけて仕留める方法です。この方法はチームワークが肝要で、高台から鯨の動きを監視し、船に指示を出す者、網をかける者、網にかかった鯨にとりついて急所に留めを刺す者など、まさに鯨組のような職業的捕鯨集団にしか出来ないものでした。

 「網獲り」式の捕鯨は各地に伝播し、本家である太地の和田家の他に、九州では「益富家」「深澤組」「中尾家」など大いに栄えた鯨組が出現しました。土佐では「津呂組」「浮津組」、安房では「醍醐組」が活動を展開しました。

 これらの伝統的沿岸捕鯨の時代は、いずれも鯨組という組織を中心として、港のコミュニティ全体が構成されていました。捕鯨はコミュニティの中心にあったわけです。

 ところが、19世紀に入ると、日本の伝統的沿岸捕鯨は壊滅的な打撃を受けます。アメリカを中心とした遠洋捕鯨船が、日本の沖合でクジラの乱獲を始めたのです。ペリーが日本に来た直接の目的も、アメリカの捕鯨船が日本に寄港できるようにする為でしたね。

 ともかく、アメリカ、ロシア、イギリスなどの捕鯨船が日本近海で無茶な乱獲を続けた結果、日本の伝統的沿岸捕鯨は産業として成立しなくなり、各地の鯨組は解散し、200年に渡って洗練されてきた「網獲り」の技術も失われました。

 それでですよ。ホクレア号の基地でありポリネシア航海協会が入っているハワイ・マリタイム・センター。あそこの展示の1/3は航海カヌーに関するものですが、1/3はアメリカの捕鯨船に関するものですのよ。というのは、ハワイはアメリカの捕鯨基地としても栄えたんですから。平たく言えば、日本の太平洋側の伝統的沿岸捕鯨を壊滅させた捕鯨船はハワイから来ていたのさ。

 だから私は、彼らが来たら知って欲しいわけです。日本列島人は縄文時代からクジラを食っていたこと、独自の捕鯨文化があったこと。その壊滅にハワイも関わっていたこと。先住ハワイアンがアメリカ白人との接触によって様々な伝統文化を失ったように、日本人はアメリカ白人によって捕鯨という伝統文化を奪われたこと。だから日本がミンククジラの沿岸捕鯨を復活させたいという思いを理解して欲しいってこと。

 それが異文化間の相互理解ってもんじゃないのか? なあ?

追記:南氷洋のミンククジラは「異常に増えすぎて生態系を乱している」上に、PCB汚染も極めて少なく、一言で言えば、アメリカ産牛肉を食うくらいならそっち獲って食った方が色々マシなくらいの資源です。牛肉はわざわざ作った穀物や牧草を大量に消費するという点で環境負荷高めの食い物ですから。