「3万年前の航海」プロジェクトを見て、クラウドファンディングで研究費を調達することのリスクを考えた

国立科学博物館の海部陽介さん、南山大の後藤明さんら人類学者たちが敢行した「3万年前の航海」。

与那国島から西表島までの航行実験が、無いはずの木製パドルを使ったりペットボトルを持ち込んだりで、「国立科学博物館」が科研費を取ってやるレベルの実験になっていないではないかという話を数日前に書いたところ、工学部卒の知人がそれを読んでメッセージをくれました。
内容は簡単です。
対地速度にしろ対水速度にしろ、1ノット(時速2km弱)しか出ない船が黒潮を越えて与那国島から西表島まで行くのは不可能です。

・・・ですよねえ。

海上保安庁によると、黒潮の幅はおよそ40海里だから74kmほど。
最も流れが早い流軸は幅24kmほど。
流速は海部さん自身が東洋経済のインタビューで語ったところでは時速7km強(毎秒2m)。他の資料ではその半分の数値が出てたりもしますが、結論は同じ。

どんな結論か。
与那国島と西表島の間は40kmで、それにほぼ直交する形で時速7kmの黒潮が北向きに流れている。
この黒潮を横切って水平に進む為には、船は南東方向に時速7kmを超える速度で進まなければならない。

高校の数学Bで習うベクトルの合成でございます。海部さんも後藤さんも東大卒なんでそんなの当然理解出来ているはず。

草船を作って静水面(リーフ内)で漕いで時速2kmしか出なかったら、紙と鉛筆さえ不要で結論が出ます。無理だと。なんだったらPC上で黒潮の動きを観測データからシミュレーションして、その上を最大時速2kmで航続時間30時間の船を動かしてみても良いです。神風が吹いても無理です(帆走しないもん)。クラウドファンディングで2000万円集める必要なんてありません。「女性が乗っていないと移住にならないから」と主張して幹部の内田さんの娘をアファーマティブ・アクションでクルーにする必要も無かった。

クラウドファンディング始める前に実験船が出来ていて出せる速度もわかっていたはずなので、そこで方向修正して帆走にするか、貝器で丸木舟か縫合船を作ってみるか、どっちかにしたら良かったんですよ。それでまた実験航行してみて、黒潮を超えられる速度が出ることがわかればPCでシミュレーション。最後は思い出作りに西表島まで行くのも良いでしょう。
あるいは、海部さんのこの言葉が事実なら
私は、人間そのものを探究したい、進化を軸にして人間のことを探りたい、そう思っていました。それは探偵のような作業でもあります。残った断片的な証拠を見つけ、1つ1つを適切に解釈し、それらをつなぎ合わせ全体像を復元していくのです。3万年前の航海という事実も、そうして個々の遺跡証拠を統合することで見えてきました。
草帆船か丸木舟で本当に現代のツールを一切使わずに西表島まで行くという目標を立て、その為にチームがどんな思考を積み重ねてツールとスキルを蓄積していくのか、そのプロセスを後藤さんの文化人類学の手法で記録し分析したら、それは素晴らしい研究になったと思うわけです。
しかし実際には、地域活性化とか国際交流とかクラウドファンディングの科学研究への導入といった、アレも出来るこれも出来るという話に広げてしまい、本筋であった「太古の渡航技術の検証」が出来なくなってしまった。数学Bの知識で不可能とわかる実験をやって、そこにお金使ってしまった。
 このプロジェクトには、祖先の謎解き以外にも、いろいろな潜在力があると考えています。私たちは、地域にあった知られざる歴史的価値を掘り起こしてその活性化に貢献したいと思っています(そのために関連NPO法人と協力します)。近隣でありながら日本人がよく知っているとは言えない、台湾の人々と文化について理解し交流する機会をつくります。そして博物館の立場から言えば、これはその活動の幅を広げる新たなチャレンジです。これは博物館がその人的・組織的資源を生かして野外にその活動を広げるチャレンジであり、クラウドファンディングについて言えば国立の博物館としては国内初です。

お金集めちゃった以上、地元の若者たちに声かけちゃった以上、出るしかない状況に自らを追い込んでしまった。撮影チームも(後藤さんの旧友の)門田さんに発注しちゃったから、迫力のある絵を撮りに行くしかなかったのかもしれない。
これがクラウドファンディングのリスクですね。研究目的に近づく為に、ではなく、研究プロセスの一番派手な見せ場を作る為に、それをわかりやすい絵にして共有する為に、お金下さいと言ってしまえば、後戻りは出来なくなる。科学的におかしくても、無意味でも、行くしか無くなる。本末転倒。
あともう一つ、細かいことなんですが
また漕ぎ手を含む民間からの参加者には、多少なりとも生活保障を考えなければなりません。開いたプロジェクトを目指した結果として、このような予算になりました。(出典
たしかどちらかの草船には外国人クルーも乗ってましたよね。就労可能なビザで入国していなければ、外国人クルーに給与や業務委託費を支払うと不法就労になっちゃいますので、そこは気をつけていただければと思います。もちろん日本人クルーも現金の支払いがあった場合は所得税申告お忘れなく。