文献紹介

茂在寅男『超航海・英雄伝説の謎を追う』1995年

 縄文人の海路による北回りアメリカ到達説の主唱者として有名な方の本です。1章では内田正洋さんが最近注目しておられる徐福伝説、また章では縄文人の他に徐福の船団や元寇時の元軍の漂流船が北米・中南米に漂着していたという説を唱えておられます(他に日本人=ユダヤ人説や義経脱出説なども)。
 ただ、私見では氏の著述には決定的な弱点があると思います。それは主に著述のスタイルに関する事です。すなわち

・論点としたテーマに関する研究史・学説史の検討を行っていない。
・依拠する文献・資料の書誌情報を示していない。
・史料批判を行っていない。
・実証性、論理性が欠如している。

 既存の学説を覆そうとする場合、まずは当該テーマに関する研究の歴史と現在の諸説を概観し、それぞれどのような点が有利でどのような点が弱いのかを検討しなければなりません。その上で既存の諸説では当該のテーマが上手く説明できない事を論証せねばなりません。氏の著述は「正統派の学者は海を知らない」「正統派の学者は権威主義」という、説得力に極めて乏しく、また学説そのものではなくそれを支持する人々を批判するような論点のすり替えが目立ちます。また、自説を展開する上で、それに対する反証可能性を確保するための書誌情報の明示を怠っています。これは氏の主張の説得力を著しく損なっています。さらに、魏志ほかの史料に関しても、その文言の意味・解釈に関する諸学説の厳密な検討を怠り、恣意的な解釈に終始しています。加えて、関連する諸分野(文献学、考古学、文化人類学、自然人類学、言語学)の知見をほとんど参照しておらず、また仮に参照する場合でも、自説に都合の良い部分だけを選んでつまみ食いしている印象を受けます。論理性という点でも、論の展開の上で鍵となる部分に「現地を訪れた自分の直感」という個人的な信念だけを根拠とした著述が目立ち、極めて低い評価しか下せないものになっています。

 茂在氏の説がどの程度、事の真相に近づいているかは、私には判断出来ません。ただ、著述のスタイルの弱点だけは非常に目に付きました。富山大学の大野圭介さんのウェブサイトにある以下の記事もご参考までに。
http://www.hmt.toyama-u.ac.jp/chubun/ohno/tondemo.htm