後藤明さんが出された著書『海から見た日本人』を読みました。
内容的には以前の『海を渡ったモンゴロイド』を発展させたもので、前著では東南アジア島嶼部あたりに置かれていた視点を日本列島に移した上で、後藤さんがこの数年間取り組んでこられたフィリピン海のカヌー文化についてのフィールド調査の話や、2000年代後半のホクレアの活動の話などを盛り込んだというところですね。もちろんこの間に出てきた考古学方面の新しい知見にも目配りがあって、後藤さん御自身も書いておられますが、日本民俗学(特に宮本常一先生や網野善彦さんら、常民文化研究所系)の海民研究の系譜に連なる最新の研究成果をわかりやすくまとめたものとして、高く評価出来る一冊だと思います。小笠原の民俗資料とオセアニア各地の文化との類似についても、一足飛びに両者を直結するような強引な議論は避け、かなり慎重に両者の関係を検討しているところなど、研究者としての冷静さを失わない後藤さんの姿勢にとても良い印象を持ちました。
それと、この本に書かれている後藤さんの最近の研究成果の多くはトヨタ財団から出た研究助成金を使ったものだと思うのですが、潤沢な資金を得て世界中を飛び回っている後藤さんの姿を眺めながら、「彼はこの研究の成果をどういう形で社会に還元するつもりなのだろう」と私は当時考えていました。トヨタ財団に出す報告書だけで終わるのではあまりにももったいないですからね。そういった意味でも、この本が出たことはとても良かったと思います。少なくとも日本語世界においては、渋沢敬三に始まる日本海民文化研究史に新しい1ページを付け加えたと言ってまず問題無いでしょう。
あとは。
世界の研究者のために、英語でも研究成果を出して欲しいなというのが一点。フィリピン海周辺のカヌー文化というテーマの研究成果となると、少なくとも当事者である台湾やマーシャル諸島や北マリアナ連邦やミクロネシア連邦の人々にもアクセス可能であるべきでしょうからね。
もう一つ私が気になっているのは、研究者と社会の関わり方についての問題です。後藤さんも本の中で指摘している通り、ベン・フィニー先生はポリネシアの航海カヌー文化復興運動の中で、自身の研究成果の使われ方について、極めて政治的な決断をある時期に下しています。ベン・フィニー先生は実証という観点から見ればまだかなり弱い命題について、ハワイ先住民たちがそれを「事実」として利用することを容認したのですが、それについて後藤さんは「支持する」と明確に書いておられます(ちなみに全く同じ案件について、私も何年か前に、ベン・フィニー先生への支持をこのウェブログ内で明記していますし、昨年度の講義でもこれについて時間を取って論じました)。
実は研究者としては、これはかなり大きな決断だったはずなのです。その覚悟を決めたという点が、ベン・フィニー先生の偉いところだと私は考えています。
問題はその先です。それでは、後藤さんはこの先何をどうしていくつもりなのだろうかと。大きな研究助成を取って環フィリピン海のカヌー研究者と航海者のネットワーク化を促したことは大きな業績と言えますが、それだけの業績を上げた人物だからこそ、次の一手にも期待させていただきたいのです。もちろんシンポジウムとか研究会とか執筆活動といった、研究者本来のフィールドでの活動は続けられるのでしょうが、環フィリピン海周辺のカヌー文化研究や復興運動のキーマンとなった今、もっと積極的にリーダーとしての役割を引き受けるべきなのではないかと私は思っています。
当然ながら、社会運動のリーダーになることは、研究に使える時間の激減に直結します。私だって南山のコモンズ住宅プロジェクトにかなりの時間を取られています。根っからの研究者である後藤さんにとっては、それは不本意なことでしょう。ですが、研究者が研究者本来の領分である研究・教育活動から出ていって、積極的に社会の運営や建設に参与することは、今後はもっともっと社会の側からも求められるでしょうし、そういう期待にきちんと応えていかなければ、文学部や人文学部はジリ貧路線から抜け出せないまま消えていくのではないかと思います。