Something in the wind of Amami

 ところで、奄美から帰って来たら、カリフォルニア在住の人類学者でカロリン諸島の航海術を研究しているエリック・メッツガーさんからメールが入っておりました。マイス号(正式には「アニンガナ・マイスAningana Maisu」というそうです)がもしかしたら、そろそろ出航するかもしれないという噂だけメールで伝えておいたところ、メッツガーさんからも、「たしかに何かが動き出している気配は感じられました(I was aware that something was "in the wind" )」という返事が。

 この表現、なかなか気が利いてますよね。「何かが風の中に潜んでいる」。

 さて。その頃私も奄美の風を堪能しておりました。何が良いって、杉花粉が風の中に潜んでいないところが嬉しいわけですが、杉花粉が潜んでいないかわりに、別のものが奄美の風の中にも潜んでおりました。

 奄美の伝統カヌー復興計画。

 奄美大島の行政の中心地は島の中央部、東シナ海側にある名瀬の町です。この町はずれにあるのが「奄美博物館」で、奄美の自然や生活文化を紹介する施設です。そのエントランスを入ったところには、数々の奄美の伝統カヌーが展示されておりまして、カヌーマニアのハートをくすぐってくれるのです。

 私ももちろんハートをくすぐられて、カヌーの周りをうろうろしていると、何か異常にマニアックな会話をする一群の存在に気がつきました。この船は何人で漕いでどうだとか、ここの所の構造がなんだとか。

 私、非常に興味を引かれまして、マニアックな会話が途切れた隙を見計らって声をかけてみたのですよ。そうしたらこれが、マニアではなくて本物の学者さんのご一行さま。鹿児島大学の服部芳明先生のグループです。正式な名称は「かごしま産学官交流研究会・奄美伝統木造船部会」。

http://www.rdc.kagoshima-u.ac.jp/KKK/12Amami/outline.html

 上のページを見て貰えればわかりますが、簡単に言えば、奄美独特のカヌー「アイノコ」船の構造を研究・記録して、それをもとにした小型のレクリエーショナル・カヌーを考案し、奄美観光の一つの呼び物にしようという試み。だと思います。

 一昨日の新聞にも記事が出ていました。

302 Found

 私、この試みは非常に目の付け所が鋭いのではないかと思います。まず、伝統的な木造船の建造技術の記録保存が出来、さらにそれが現代のニーズ(レクリエーショナル・カヌー)に合う形で再構築されて広められる可能性も併せ持っている。

 もちろん、これまでにも伝統的な木造船の建造プロジェクトは多々ありました。私が思いつく範囲で並べてみても、みちのく北方漁船博物館の「みちのく丸(北前船)」、大王のひつぎ実験航海の「海王(古代船)」などなど。

 こういった復元船は、それぞれ可能な限りの考証と素材と職人を動員した、気合いの入ったプロジェクトで素晴らしいのですが、だいたい完成して終わりとか、完成して記念航海を1回やって終わりになってしまうんですよ。それで船は博物館入りになる。貴重な木材を使用した、もう二度と作れないかもしれない船ですから、学術資料として保存するのはしょうがないんですけどね。ポリネシア航海協会の「ハヴァイロア」も、マルケサスまで往復したのと、北米の先住民を訪問したくらいで、現在では船体を樹脂コーティングされて半ば退役状態です。

 ですが、それでは結局、ただのでっかい打ち上げ花火になってしまうんですよね。ホクレアが素晴らしかったのは、一つには、博物館入りを中止して、航海を続けたことでした。航海を続けることで、より豊かなものが社会の中に生み出されることを、これ以上無い形で実証したこと。アオテアロアのテ・アウレレ、クック諸島のテ・アウ・オ・トンガもそうです。

 ここから導き出される教訓は、「あまり気合いを入れて凄いものを造ると、貴重過ぎて使えなくなる」ということですね。未来の重文・国宝クラスのものを造ってしまったら、博物館に置いておくしかなくなってしまう。

 その点、服部先生のプロジェクトは、奄美の伝統カヌーの構造を流用して、遊び用にガンガン使えるレクリエーショナル・カヌーを開発しようというお話ですから。むしろ、エイベル・タズマン国立公園のマオリの伝統カヌー・アクティヴィティに近いですよね。

 ご存じ無い方も多いと思いますので、軽く説明しておきますと、現在、ニュージーランド南島のエイベル・タズマン国立公園では、マオリの方が経営する、マオリの伝統的戦闘カヌー体験ツアー会社「Waka Tours」というのがあって、大いに人気を集めているんですよ(なんとRyuさんは来季からこの会社に移籍して、ガイドをするんだそうです)。

 詳しくは藤崎達也さんのこの報告をお読みください。
http://www.shinra.or.jp/archives/sipetru/2006/01/waka.html

 Ryuさんのこの報告も。
http://ryuslogbook.livedoor.biz/archives/50315234.html

 もちろん、マオリの戦闘カヌーにも国宝級の復元船はありますけれども、そういうものは観光客をガンガン乗せて商売するわけにもいかない。博物館やワイタンギ・デイで展示するくらいしかない。

 一方、「Waka Tours」のグレンさんご夫妻は、塗装などの面ではニュージーランド政府の安全基準に合わせた妥協も強いられましたけれども、とにかく遊びに使えるものを建造して、それでマオリ文化を観光客に広め、マオリ文化が敬意を持って見られる状況を生み出していっている。

 ここから学ぶべきことは多いです。

 ガイドさんの話の回でも「一見さんを取り込むには優秀なガイドが必要だ」と書きましたけれども、私、あれは伝統カヌー文化復興運動にも当てはまると思うんですね。
伝統カヌー文化を残していくには、やはり「モノ」と「場所」と「マニアのコミュニティ」だけは無理だと思うんですよ。それでは自家中毒を起こして行き詰まってしまう。新鮮な風が入りづらい。「一見さん」がその文化世界に気軽に出入り出来るような空気穴が空いてなければいけない。それが例えば「優秀なガイドによるツーリストの導入」であったり、ホクレアがやっているような「学校教育・地域教育との連携による若年層への振興」だと私は見ます。

奄美伝統木造船プロジェクト。大いに期待したいものです。