妻がインフルエンザで倒れて看病に追われてました。調子が悪いというから、仕事を休めと警告したのに「大丈夫」とかぬかして出勤していった結果、高熱を出して遭難ですよ。39度を超える熱ね。エディ・アイカウは警告を無視して海に出て溺れかけたアホも黙って助けていたそうですが、私だったらハリセンで10発くらいしばいてやらないと気が済まないかもしれません。
インフルエンザ、なめてはいけませぬ。
さて。今日は山アテの話です。例の『Tarzan』別冊で内田正洋さんが少し書いておられましたが、文化人類学者でこの山アテの研究をしている人もわずかながらおられるんですね。
篠原徹さんという方、今は千葉の佐原にある国立歴史民俗博物館(いわゆる歴博)の教授だそうですが、その方が島根の美保関の漁師の山アテを研究したことがあります。
山アテというのは、海上で漁場を確実に捉える技術です。高級魚の漁場というのは、海底が隆起した部分の峰の付近にあるのだそうですが、そこをピンポイントで狙って一本釣りをする。そういう漁師たちがおります。それで、海底の隆起の上に確実に船をつける為にどうするかというと、その漁場から見える陸地の風景を記憶するんですね。
具体的には、ある方角に見える地形の前後の重なりを利用します。例えば手前に見える大木の幹をまっすぐ上に伸ばしたラインが、その後ろの山の尾根のどの部分にぴたりと重なったらオッケーとか。もちろん、それだけでは、漁船の位置は決められませんよね。だってその山アテだけでは、大木と尾根を結んだライン上のどこに船があっても大木と尾根が重なって見えるわけですから。
そこで、理想的にはその山アテに直角に交わる方向で、もう一つの山アテを見つけておくんだそうです。山アテその1で東西方向の位置を決めて、山アテその2で南北方向の位置を決める。それで理論上は船は漁場の真上に寄せることができる。ただし、気象条件によっては使えない山アテも出てきますから、一つの漁場につき最低で3つの山アテを設定しておくのが美保関の漁師なんだそうです。
それで、そういう漁場の山アテは、基本的に父子相伝で受け継がれていく。「自分の家だけの漁場」というのをどの漁師も持っていて、腕の良い漁師ほどそういう山アテをたくさん憶えているんだそうです(三桁レベルが当たり前で、数百の漁場を山アテできる猛者もいるとか)。篠原さんによれば、熟練した漁師は今自分の船が海底の地形(これは市販の地形図でわかっています)のどの辺りにいるのかを完全に理解しているそうです。
さらに、漁師に必要な知識は山アテだけではなく、潮の流れや風向きなど多岐に渡るとのこと。マウ老師が天気予報の達人でもあるように、美保関の漁師も、様々な兆しから、天気の変化を予想して動くのですが、そういう天気予報に関する美保関独自のことわざが山のようにあるそうです。
ちなみに日本の漁師の山アテの精度がどれくらい高いかという研究もありまして、琵琶湖のゴリ漁師の山アテ技術を研究した卯田宗平という方によれば、熟練した漁師は数メートル以下の誤差で自分の位置を理解しているのだそうです。これは漁船上にGPS装置を積み込んで、船の動きをプロットした結果判ったのですが、漁船が動いた跡を地図上に表示してみると、もう地図上に直接鉛筆で線を引いたんじゃないかというくらいに精密な船さばきで、見事に魚群を追い込んでいたのだとか。漁師さんの話では、GPS装置の画面を見ながらではとてもそこまでの精度が出せないのだとか。
まあ、軍事用のGPSならどうかわかりませんが、少なくとも日本の漁師の山アテ技術は民生用GPSを子供扱いする精度だってことですね。すっげー。そりゃあたしかに、リモート・オセアニアの伝統航海士たちのウェイファインディングにもひけをとらないわ。
詳しくは以下の本をお読み下さい。
篠原徹『自然を生きる技術:暮らしの民俗自然誌』吉川弘文館、2005年