萩尾望都に拡販がかかっている。
3年前に突如、「ポーの一族」の続編が発表された。翌年には連載が再開され、単行本が出て、「芸術新潮」で特集が組まれ、満を持してのデビュー50周年記念、朝日新聞社主催の「萩尾望都 ポーの一族展」である。
おそろしい。一連の企画が決まった時点で勝ちが確定している。鉄板の投資案件である。こんなん絶対儲かるに決まってる。赤字の出しようが無いチート案件。一度で良いからそういう案件に乗ってみ(以下自粛)
もちろん私も課金させていただきましたよ。大学生の時に読んだ「ポーの一族」「トーマの心臓」。世の中にはこんな恐るべき作品を作れる人がいるのか。そいつは本当に人間なのか。本気でそう思ったからね。「ポーの一族」の続編が出たと聞いてリアル書店に駆けつけたら、掲載誌は既に当然に売り切れでね。白状しよう。その時、俺は祈った。「ポーの一族」連載再開よろしく!
だってさあ、読み切り1本じゃ単行本に出来ないじゃないか。単行本1冊分溜まるまでは先生よろしくお願いします。祈りましたよ、ええ。
というかこれ、先生がどうあれ小学館が描かせないわけがないという汚い読みもありました。申し訳ありません。汚れてます。恥ずか
しい。
さて、その復活「ポーの一族」について、である。バンパネラにスラブ系やイタリア系が現れた。えええええ、本当ですか? 本当も本当。それどころかエドガーが復活しちゃってる。1976年のエピソード「エディス」の先のエドガーだ。エドガーの隣でスマホいじってるやつがおる! エドガーがウェブ通販で服買ってるよ。ゾゾタウンかよ(違う)
ま、たしかに「エディス」を確認してみると、エドガーが消滅したという決定的な描写は無い。これに、1944年にスラブ系のバンパネラからテレポートのやり方を習っていたという設定を付け加えれば、燃え盛るエディスの家からアランの残骸を抱えてエドガーが脱出していたという設定も出来なくはない。
だがな。次々に追加される拡張設定、新キャラ。明かされるバンパネラの歴史。先生。それ、必要ですか?
収拾つかなくなるルートじゃないですか?
「ファイブスター物語」や「グイン・サーガ」が辿った道ですよ。先生、そっち行っちゃだめです。戻って来て。
だって先生、日本ファンタジーノベル大賞の公式サイトでおっしゃってるじゃないですか。
「ポオのような、乱歩のような、フランケンシュタインのような、ジョージ・R・R・マーティンのような、甘く切なく恐ろしい物語をお待ちします」
甘く切なく恐ろしい物語。そう言われたら普通「ポーの一族」のことだって思いますよ。
ラファエル前派や象徴主義の影響が色濃い絵柄に、不老不死の存在でさえも流れ去る時間の前では無力な存在であるということを、あらゆるシチュエーションを駆使して、繰り返し繰り返し描く連作。「ポーの一族」に登場した人々は、原則として全員、敗者である。大老ポーから1回限りのゲストキャラに至るまで、全員だ。全員が負けている。流れ去る一瞬を手元に留めようという勝負において。
特に気の毒なのがエドガーで、主人公だからして敗戦の数も断トツだ。全ての回で彼は負けたわけだからね。そして最後は人知れず消える。消えることで永遠に負け続ける戦いから降りる。それが「ポーの一族」の切なさであり、恐ろしさである。
そういうことだと思ってました。
テレポートで脱出したエドガーがアランを復活させるために苦闘する?
そんなのエドガーじゃないよ。毎回毎回、これ以上の美しい敗者は居ないだろってくらい美しく負けてたからエドガーなんじゃないか。違う人になっちゃってるよ。
今、萩尾望都が描くべきだったのは、それじゃない。エドガーとアランはあれで退場で良かった。それよりもキリアンだよ。マチアスに噛まれてバンパネラの血が入ったキリアン。1964 年に大学生をやっていたなら 1970年くらいには子供が生まれてもおかしくないから、2019 年だったらキリアンの孫が丁度ハイティーンじゃないか。それだ。そこだ。そいつだ。
1976 年。世界はまだ若かったし、長閑だった。だってレッド・ツェッペリンがまだ現役で「永遠の詩」とか発売してた年だよ。「ボヘミアン・ラプソディ」がその前の年。まだデュラン・デュランもボン・ジョヴィもニルヴァーナもベビーメタルも影も形もない時代。
そんな時代の「甘く切なく恐ろしい物語」の方法論を、グーグルとアマゾンとフェイスブックとアップルの時代に、つまり検索エンジンと EC と SNS とスマホの時代に、新しい、若きバンパネラを主人公にして描いて欲しかったですよ。キリアンの孫で。
巨大 IT 企業による情報収集、あらゆる街角に設置された監視カメラの時代。個人情報は果てしなく蓄積され、機械学習 AI によって分析され、本人が死んでもその情報はサーバ上に残り続ける時代に、さてバンパネラはどうやって過ぎ去る瞬間との戦いに負ければ良いのか。
もちろんね、GAFA の力をもってしても時間には勝てませんよ。時間さん半端じゃないから。でも、今の時代に相応しい負け方というものがあり、今の時代に相応しい美意識ってもんがあるはずです。
それはビアズリーやミレーやウィリアム・モリスの美意識ではないはずです。アラン復活とか考えてる場合じゃないっすよ先生。目を醒まして下さい! 先生!
と、ここまで書いてしまってから明かしますが、実は私、日本ファンタジーノベル大賞に応募してまして、こんなとこで審査員長さまを煽っているなんてバレたらヤバいかもしれません。消されるかもしれません。だからジャッジの皆さん、黙って1回戦敗退でお願いします。勝たせるなよ? 目立ったらヤバいんだから。見つかったらヤバいから本当。絶対勝たせるんじゃないぞ俺を。たの文字数