世の中には冒険家という人種が居るってのはわかっていましたが、また一発大きな事を考える方が現れました。
山本良行さんという方が、インドネシアから船出してペルーまで行って、そこからロスアンゼルスに北上、ハワイ経由でインドネシアに戻るという大航海を計画しておられるそうです。
「【台北20日共同】20日付台湾各紙によると、台湾の「人類文明探索協会」と日本の海洋冒険家、山本良行さんが古代帆船の復元船で5万キロを超える環太平洋航海を計画している。
台湾の先史研究者によると、紀元前に台湾か中国南西沿岸部にいた先住民が丸木舟で東南アジアや太平洋に進出、紀元後にイースター島などにたどり着いたとの学説があり、今回の旅はこうした南方先住民の移動ルートをたどり、交流を深めるのが狙いという。
計画によると、インドネシアで木製復元船を製造し、今年5月に出発。パプアニューギニア、ソロモン諸島、イースター島などを経てペルーを目指す。さらにロサンゼルスに移動、ハワイ、オーストラリア、フィリピンを経て来年8月に台湾に到着する予定という。(共同通信)」
「 東部インドネシアを含む南太平洋の偉大な海洋民族、ポリネシア人が南大平洋を航海して南米大陸へ到着したかどうか。海洋民族の文明の広がりの謎を解明するため、海洋冒険家の山本良行さん(55)が五月、アウトリガー・カヌーで太平洋を往復する航海に挑戦する。西スラウェシに住む民族マンダル人が建造したアウトリガー船には、山本さんをはじめインドネシア、フィリピン、台湾の海の男たちが乗り込み、貿易風をたよりに一路、ペルーを目指し、約一年かけてメキシコ、ロサンゼルス、ハワイ経由でバリ島へ戻る四万キロの大航海。山本さんが挑む九回目の海の冒険は、多民族国家インドネシアの文化的な広がりを検証する旅でもある。
山本さんはこれまでも、古代ポリネシア人の海洋移動を実証する実験航海を何度も実施してきた。一九八八年には、インドネシアの主要民族である古代マレー人が、アフリカのマダガスカル島へ移住したことを実証するため、今回と同様、アウトリガーカヌーを使用してインド洋横断に成功した。
今回はポリネシア民族の東方への拡大を検証する旅に出る。この季節の南太平洋横断は逆風航海となり、困難が予想される。
使用する船は、古代人の航海をできるだけ再現するため、西スラウェシ州に住むマンダル人の「サンデック」と呼ばれる伝統的な帆船をモデルに、地元の人々の力を貸してもらい、幅一・二メートル、長さ十六─十七メートル、高さ一・五メートルのカヌー船に約十メートルの竹製のアウトリガーをつけ、十五馬力のエンジンも装備。
山本さんが苦労したのは船の資材集めだった。伝統的な船を復元するためスラウェシ島各地を奔走。船底材に必要な、岩のように硬いパラピと呼ばれる木材を手に入れるために、二十数人の住民を雇い、トビンタから二百キロの山奥へブルドーザー三台を走らせた。
アウトリガーの竹は、トラジャの村から調達した。船は現在、西スラウェシ州ポルマス県パンブスワン村で組み立て作業が行われ、五月初めにマカッサル港に運ばれる。
船自体は伝統技術を取り入れた前時代的なものだが、山本さんらクルーの航海中の動きは衛星通信を経由して、航海日誌や写真とともにホームぺージに掲載される。説明は、それぞれのクルーの母国語(インドネシア語、日本語、中国語、英語)で世界に発信する。
山本さんは「スラウェシの海洋民族が、先祖代々、大切にしてきた船の木材・パラピを削り、古代から伝わる技術を駆使したアウトリガー船の完成は間もなくだ。冒険を必ず成功させたい」と話している。
■アウトリガー船
カヌーなど船の平衡を保つために、舷外に張り出した竹または木材の浮材「アウトリガー」がついた船。船体から直角に張り出す「腕材」によって、海面に浮かせる「浮材」を、船体と平行に取り付ける。今回の航海のために復元されるのは、船体の両側に浮材がある「ダブル・アウトリガー船」。ポリネシア人など南太平洋の民族が育てインドネシアのスラウェシ島、フィリピンのミンダナオ島のほか、オセアニア、南西アジアにも広がっている。」
こちらは英語のニュースです。山本さんは、台湾か日本をオセアニアのカヌーの原境と考えておられるそうです。
この冒険航海のポイントはいくつか挙げられます。
・フィリピン=インドネシア間の多島海からスタートする点
記事を見る限りでは、この航海はいわゆるブラスト=ベルウッド仮説(台湾周辺から南下した民族がメラネシア経由でポリネシアに拡散していったという仮説)を下敷きにしています。このうちポリネシア域内(トンガから東)はホクレアが既に実験航海を成功させていますが、この航海では、東南アジア島嶼部から東へ向かう事になるので、トンガあたりまでの遠洋航海がどのようなものになるか、注目です。
・ラパ・ヌイから南米まで渡る点
これまでポリネシアから南米まで伝統的な船で渡りきった実験航海は無いはずです(後にハヴァイキヌイでタヒチからアオテアロアまでの実験航海を成功させたフランシス・コーワンが、若い頃にフランス人冒険家のエリック・ド=ビショップとともにこのルートに挑みましたが、チリ沖で遭難して失敗に終わりました)。
・北米からハワイまで渡る点
このルートは篠遠喜彦さんがその存在を推測しているものです。もしかしたら古代ハワイ人は北米まで往復していたかもしれないと。今回、山本さんの航海カヌーがここをいかにして渡るのか、注目です。
・ダブル・アウトリガー・カヌーを用いる点
今回用いられるのは、ミクロネシアのシングル・アウトリガー・カヌーでもなければポリネシアのダブルカヌーでもなく、東南アジア島嶼部独特のダブル・アウトリガー・カヌーのようです。山本さんはボロブドゥール遺跡の壁画に描かれたこの形式に思い入れがあるようです。ですが、この形式は船体の両側にアウトリガーを張っている為、外洋の高い波の中ではアウトリガーが破損する可能性が高いと言われています。またシャンティングにもタッキングにも不利なので、風上に切り上がる航法は不可能でしょう。そこをどう凌ぐのか、あるいは凌げない事が明らかになってしまうのか。
山本さんは以前にインド洋横断を成功させているそうですから、外洋でのアウトリガー・カヌーの特性は充分ご存知のはずです。どんな秘策があるのでしょうか。
以上のように、この航海には注目すべき点も多々ありますが、若干、気になる点もあります。
例えば航法技術。ホクレアの1999年のラパ・ヌイ往路では、あのナイノアをもってさえも、あやうくラパ・ヌイを行き過ぎてしまう所でした。それほどラパ・ヌイに船を導くのは難しいのです。まずタヒチやハワイと違って列島や群島ではなく、小さな小さな島がポツンとあるだけです。マウナケアのような高い山も無い。
しかも常に貿易風に逆らって進む事になるので、貿易風が止む時期に一気に東へ進むしかありません。これは南半球の冬の一時期になります。船上の環境は非常に過酷なものになります。しかも、それでさえホクレアはタッキングによる風上へのジグザグ航海を強いられました。とすれば、シャンティングもタッキングも出来ないダブル・アウトリガー・カヌーでは、西へと押し流されるだけになってしまう可能性もあります。
となると、山本さんの船が風力と伝統的航海術だけでラパ・ヌイに到着するのは、まず不可能でしょう。おそらく六分儀や海図やコンパスを使った近代航法術とエンジンに頼った航海になると思います。となると、実験航海としての意義は著しく減じてしまいます。ここをどう解決するのか。もっとも、記事を見る限りでは実験航海というよりも、環太平洋の諸地域・民族を遠洋航海カヌーというキーワードで繋ぐ事に重点を置いた旅のようですから、そんなに難しく考える事もないのでしょうが。
ともかく、この壮挙には注目していきたいですね。