知人の息子さん(中1)がバイオリンをやっているんですが、どうにも音が悪いというボヤきを聞きました。口が悪い人なので、才能が無いから止めれば良いのになんて過激なことをおっしゃるから、いやいや楽器は楽しむのが一番ですよなまじ上手すぎると茨の道ですバイオリンで食える奴なんか上から1%もいません、とクールダウンしていただいたり。
ですが一体、バイオリンの良い音というのはどういうことなんでしょうか(ちなみに私はバイオリン弾けます。良い音も出せる人です)。
ツールとしてのバイオリンの操作系はさほど複雑なものではありません。
右手は弓を押さえつける圧力と角度と擦弦位置と速度の4パラメータ。擦弦位置というのは、ブリッジ(手前側の弦の支点)とナット(指板の先にある弦の支点)の間のどこに弓を置くかというパラメータです。
左手は押弦する強さと、押弦する位置と、ネックを保持する力の3パラメータ。
音色に関して言えば、奏者がコントロールするのはこれら7パラメータだけ。それで全てが決まります。今どきのコンピュータゲームの操作系より単純です。
音程を揺らしたり(左手の押弦位置を細かく動かす)、音量を揺らしたりということをしないならば、音色を決定するのは
1) 擦弦圧力(後述)
2) 擦弦速度
3) 擦弦位置
4) 押弦位置
これだけです。たったこれだけ。
音量を決めるのはネック保持力と弓の圧力の和です。ここではこれを仮に擦弦圧力と呼びましょう。あまりにも弱すぎると弦が充分に振動しないのでザラついた音になりますし、その楽器の個体の許容限度を越えた強さを入力すると、やはり波形が乱れて歪んだ音になります。
擦弦の速度もあまりにも遅すぎたり、あまりにも速すぎたりすると弦振動は常用速度域とは大きく違う波形になります。
倍音の特性を決めるのは擦弦位置と押弦圧力です。弦の支点付近では音色は高域が強調されたものになります。また押弦圧力が一定以下であると指が弦振動を邪魔するので、ハーフミュート状態になります。
上記のうち右手のハーフミュートは常用しないから、きちんと押弦したら少なくとも「良い音」の邪魔はしません。
となると、擦弦位置と擦弦圧力と擦弦速度。
この3パラメータですね。
これを、個々の楽器の特性を加味しつつ、適切にコントロールする。それだけの話だと思います。適切にとは、おそらくは
「筋力→音量の変換効率が良い領域からはみ出さない」(=楽器を鳴らし切る)
ということであり、ロングトーン練習ではなく実際の演奏において良い音を出せる奏者というのは、
「自分の楽器で最も変換効率の良い領域はどこかを理解しており、その領域を中心にして必要に応じて変換効率を自在にコントロール出来る」
ということなのではないかと思いました。
話はもっと続けます。
私が今書いたようなことがある程度正しいとするならば、バイオリンの教師は従来のような「楽器と楽譜と声とジェスチャー」だけではなく、ホワイトボードや動画素材や、場合によってはパワポだってもっともっと活用して良いのではないか、と思うのです。
演奏という機材操作行為をパラメータ単位に分解して、それぞれのパラメータの意味やコントロールの考え方を教えることで、生徒の課題解決を支援するとするならば、ホワイトボードもAV機材もPCも必ず役に立つはずです。
そしてその子の動画を見ると明らかに擦弦圧力が強すぎです。何故、教師は圧のコントロールの概念や手法を教えないのか?
個々の楽器の特性を体感させてスイートスポットを発見するようなワークショップのメソッドは無いんだろうか?
フィンガリングやボウイングやコンビネーションよりもそっちのが大事だと思うのですが。