反体制を標榜する人物が単なるチンピラであるか、非チンピラであるかを分けるのは何なのか。
私は紛う方なきチンピラと関わり合いになったこともあれば、左翼活動家とバトルを展開したこともあります。
どちらも敵は敵なのですが、チンピラは本当にこれはもうこの世に彼・彼女らが存在している価値って何かあるんだろうか的な生き物です。
これに対し、左翼や右翼の活動家はきちんとした存在意義や価値があって、彼・彼女らは社会に無くてはならない重要な機能を持っていると思います。
まず権力や権威について考えると、チンピラも左翼も社会の支配体制を構成する権力に対してはアンチを標榜しますが、権力や権威そのものは大好きな人たちです。
例えばチンピラは大企業とか有名人とか知識人に擦り寄る習性があります。左翼も有名人や知識人大好きです。つまり権力や権威は大いに好み、自らもそれを振るう。振るいたがる。
ではチンピラと活動家を分けるものは何か。
活動家は思想の多様性の確保に寄与する存在です。
チンピラにはそのような価値が無い。
つまり、活動家とチンピラを分けるのは思想の有無ということになります。
まとめると、
チンピラ:反体制、権力・権威大好き、思想無し、存在意義無し
活動家:反体制、権力・権威大好き、思想有り、存在意義有り
備忘録として。
反体制とチンピラの違い
