Say No to Narcissism

 サッカーの日本代表は黒星からのスタートとなりました。日本とオーストラリアの力は互角だったと思いますが、勝利の女神は最後の最後に、オーストラリアを選んだようです。

 試合は日本の幸運な先取点で動きました。シュウォーツァーをヒップアタックで吹っ飛ばした高原のプレイはファールを取られてもおかしくない、微妙なものでしたが、サッカーの試合にこの種の紛れはつきものです。何と言っても中村の素晴らしいフリーキックが無ければ、どちらにせよボールはゴールに入っていなかったわけですから。

 そこから日本はひたすら守りを固めてカウンターという、実績上位らしからぬ戦術を墨守していきました。一方のオーストラリアは、ゴール前のヴィドゥカにとにかくロングボールを当ててこぼれ球を狙う戦術。しかし中澤の献身的な守備がヴィドゥカのポストプレイを掣肘し、人数をかけて守る日本の守備組織とファインセーブを連発する川口の前に、オーストラリアはどうしてもゴールを割れません。オーストラリアも出来ればセントラル・ミッドフィールダーを一枚ゴール前に詰めさせてミドルシュートを狙いたいところでしたが、セカンドボールの大半は日本側にこぼれて蹴り出される、シジュフォスの責め苦のような攻撃が続きました。

 ただ、今回のオーストラリア代表は、驚異の粘りでプレーオフを勝ち上がって本大会に出てきたチームです。そして前線には一流の選手を揃えています。日本が守りきれる確率は五分五分だったと思います。

 オーストラリアのヒディンク監督は、後半の早い時間帯にティム・ケイヒルを投入します。彼は2004-2005シーズンにイングランド二部のミルウォールから一部のエヴァートンへ移籍し、ジェームス・ビーティーをベンチに追いやってエース・ストライカーの座を奪ったほどの選手。このシーズンのエヴァートンは見事4位でフィニッシュして、チャンピオンズリーグ出場権をもぎ取りました。NHKのアナウンサーは彼を「トップ下」などと表現していましたが、実際には1トップでペナルティボックス周辺を精力的に動き回り、根性でボールを押し込む選手です。おそらくヒディンク監督は、ケイヒルに「押し込み役」を期待したのでしょう。さらにヒディンク監督はヴィドゥカに加えて電柱役をもう一枚投入しました。これで中澤はヴィドゥカかケネディのどちらかに付くことしか出来ません。

 ヒディンク監督の采配は大吉を引き当てました。ゴール前の混戦からついにケイヒルが同点弾を押し込み、直後には逆転弾まで叩き込んでしまいます。これで流れを引き寄せたオーストラリアは、アロイージの3点目で勝負を確定。最後まで諦めず、精力的に戦い続けたオーストラリアは天晴れでした。彼らは勝利に値する素晴らしいサッカーを見せてくれました。一方の日本も、アジアの雄に相応しい戦いぶりでした。

 ただ。この素晴らしい試合には一つだけ汚点がありました。NHKで解説していた井原という方。この方の解説は全くいただけません。まず、彼はオーストラリア代表について何の勉強もしていませんでした。飛び抜けたネームバリューを誇るヴィドゥカとキューウェルは辛うじて名前だけ知っていたようでしたが、彼らの2005-2006シーズンのクラブでのプレイは、下手をすると一度も見ていないのではないかとさえ思われました。いわんやケイヒルやブレシアーノ、ブレット・エマートンなど、ヨーロッパの中堅クラブで活躍している選手たちには、一言も触れません。

 彼はひたすら、日本代表ガンバレ、日本代表いける、相手は疲れてきてるぞ、日本代表その調子だ、というような無内容なコメントを連ねるだけでした。ファミコンのAiにそれらしいフレーズを憶えさせて適当に乱数で吐かせても、あまり変わらないんじゃないかと思えますね。

 要するに、彼は日本にしか興味が無いんです。いや、イングランド対パラグアイではパラグアイに妙に肩入れしたコメントを並べていましたから、もしかしたらヨーロッパのサッカーに興味が無いのかもしれませんが。ともかく、この試合での彼は、自分と自分の仲間にしか興味が無い、いわゆる一つのナルシシストに過ぎませんでした。

 それってどうなのよ。

 何の為のワールドカップなんでしょうか。何故、試合開始前のセンターサークルには「Say No to Racism」と大書されているのか。井原さんの解説は、私には「相手を無視する」という形での、陰画のようなレーシズムにも思えましたね。

 私は、ワールドカップには、チャンピオンズリーグにもヨーロッパ選手権にもトヨタカップにも無い、独特の雰囲気があると感じています。それは、世界のあらゆる地域から集まった、超一流から二流くらいまでの選手たち、そしてそのサポーターたちが、100%の真剣勝負で手合わせをするという、この大会以外にあり得ない特質によるものです。一流以上の選手だけが出る大会ではないからこそ、思いがけない出会いがある。例えばトリニダード・トバコには、イングランドの三部でプレーする選手がおりました。三部リーグの選手でも出られる世界最高の檜舞台。そしてそのトリニダード・トバコは、スーパースター揃いの本気のスウェーデンと互角の戦いを演じて引き分けた。

 そんなシチュエーション、絶対に他ではあり得ないでしょう。トリニダード・トバコの奮戦は素晴らしかった。オーストラリアもそう。彼らの素晴らしいパフォーマンスを引き出したのは、ワールドカップという場の持つ魔力そのものです。そして、そのワールドカップという場に出られるのは、運と実力を充分以上に持った選手だけ。例えばスペインリーグの今年の得点王のエトオ、昨年の得点王のフォルランは、この大会には出ていません。

 そう考えると、ワールドカップという場での日本とオーストラリアの出会いがいかに貴重であるか、わかるというものです。だから、直接のライバルだろうと良いプレーが出れば私は拍手したい。良い試合をしてくれたら天晴れと讃えたい。ナルシシズムではあかんのです。まして・・・・・NHKの地上波の日本代表戦中継の解説者でしょ?

 恥を知れと言いたいですね。それでも解説者かと。

※ちなみにケイヒルは母方がサモア人・・・・ポリネシアの血を半分持つ男です。