航海者ラタの伝説(1)

 トフア島という小さな島に夫婦が住んでいた。やがて妻は子供を身ごもった。身ごもった妻はウナギを食べたがったので、夫は毎日のようにウナギを捕まえてきて妻に食べさせた。ただ、タウマコ(諸島)の中で、一つだけ、夫が漁に行かない川があった。妻は夫に尋ねた。

「あの川には行かないの?」
「あの川には精霊が住んでいるから、俺は行きたくないんだよ」
「でも、私はあの川のウナギが食べたいのよ。あの川のウナギでなければもう満足できないわ」
「俺は精霊を殺したくはないんだ」
「私はあの川のウナギを食べてみたいの!」
 結局、夫はついに折れて、漁に行くことにした。夫は藪に行って蔓を採ってきて、それで罠を作り、精霊の住む川のウナギの巣穴にしかけた。
 精霊の住む川のウナギには、10匹の子供がいた。ウナギは子供たちに言って、巣穴の外に誰が来ているのか見に行かせた。子供たちは順に巣穴から出て、様子を伺った。すると男は子供たちにこう言った。

「俺の兄弟に会いたいんだが、呼んで来てくれないか?」

 全ての子供がそうやって帰ってきたので、ついにウナギは自分で出て行って男に会うことにした。ウナギは男に捕まえられることを覚悟して巣穴から出てくると、男はウナギを捕まえてしまった。その時ウナギは男に次のように頼んだ。

「あなたが私を殺して妻に食べさせることはわかっていました。そこでお願いがあります。私を食べる時は頭から食べていって、尻尾は食べ残してください。そして子供が生まれたら、私の尻尾をおしゃぶりとして子供に与えてください。」

 男はウナギの願いを聞き入れ、そのようにしてウナギを妻に食べさせた。

 やがて二人の間に子供が生まれたので、二人はウナギの尻尾を子供に与えた。

 ところがある日、夫婦は子供を家に残したまま仕事に出て、そのまま帰って来なかった。子供はウナギの尻尾をしゃぶって成長していった。大きくなった子供は、ある日、両親が残した弓矢を発見した。子供は弓矢を手にして叫んだ。

「これはラタの為の弓矢じゃないか!」

 こうして子供はラタと名乗るようになった。

 さて、それからしばらくしてラタは、人々が斧を持って森に出かけていくところに出くわした。人々は航海カヌーを造ろうとしていた。興味を持ったラタは、自分の斧を持って人々の跡を追った。

 人々が歩いていくと、足を紐で縛られた鳥が現れた。鳥は先頭の男に、紐をほどいてくれるように頼んだ。しかし男はこれを断り、次の者に頼むように言って立ち去った。次の者もまた同じように、他の者に頼むように言って立ち去った。そうやって鳥は次々に断られ、最後にラタがやってきた。鳥はラタに言った。

「お願いです、この紐をほどいて下さい。」

ラタは答えた。

「何故、今まで来た人たちはほどいてくれなかったんだい?」

鳥は言った。

「一人一人順番にお願いしたんですが、みんな後の者に押しつけて行ってしまったんです。」

そこでラタは紐をほどいてやった。ようやく紐をほどかれた鳥は、さらにラタに向かって言った。

「おや、あなたはビンロウ(ビートルナッツのこと)を持っているじゃないですか。少し私にも分けてくれませんか?」

ラタは再び鳥の望みを叶えてやった。鳥はビンロウを噛みながらラタに尋ねた。

「ところであなたはどちらへ行くつもりですか?」

ラタは答えて言った。

「みんなが航海カヌーを造りに行くので、それを見に行くところだったんだ。僕も自分の航海カヌーを造ろうと思っているからね。」

すると鳥はこう言った。

「それならば、私の後に付いてきて下さい。私が止まって鳴いた木があなたの航海カヌーになる木です。」

そして鳥は飛び去った。ラタが鳥のあとをついて行くと、鳥はある一本の木にとまって鳴き声を上げた。それを見てラタは叫んだ。

「これがラタのカヌーだ!」

ラタはその木を切り倒し、皮をはぎ、材木の形に削りだした。そこまで終えたところでラタは家に帰った。