さて、ラタが切り倒した木はラタのものではなく、ヒノラという女性の土地に生えていたものだった。ラタが帰った後で、自分の木が切り倒されたことに気づいたヒノラは、ラタが切り倒した木を元通りに戻してしまった。翌日、木の所に戻ったラタは、再び木を切り倒して製材した。この時、木くずがラタの籠の中に入ったままとなった。
ラタが帰った後でヒノラは再びラタが切り倒した木にまじないをかけ、木を元通りに戻してしまった。ところがラタは木くずを籠に入れたまま家に持ち帰っていたので、ヒノラがまじないをかけると木くずはラタの籠の中で暴れ出した。水浴びをしている途中でこれに気づいたラタは、大急ぎで籠を持って木のあった場所に向かった。すると、遠くで「今度という今度は私の木を切って嫌がらせをしている奴をとっつかまえて目にものみせてやるわ!」と叫んでいる声が聞こえてきた。
ラタは木の所に戻り、ヒノラと話しあった。ラタもヒノラも、この木は自分のものだと主張して譲らなかった。そこで二人は一緒に山の上まで行って、この木が誰の土地に生えているかを見ようということになった。山に上って見てみると、たしかに木はヒノラの土地に生えていた。ラタは謝罪して言った。
「たしかにこの木はあなたのものでした。ですが、どうかこの木を私に譲ってもらえませんか?」
ヒノラもラタの願いを聞き入れたので、木はラタのものになった。木を手に入れたラタは、自分に従う精霊たちに命じた。
「私の為にこの木で航海カヌーを造ってくれ。」
すると精霊たちは、ラタの手に入れた木から航海カヌーを削りだした。次にラタは精霊たちに命じて、新しい航海カヌーの船首に、この木を見つけてくれた鳥の姿を彫り上げた。というのも、そもそもラタが航海カヌーを手に入れられたのはあの鳥のおかげなので、これからラタがこの航海カヌーを使って旅をする時も、同じようにあの鳥に正しい方向へ導いてもらう為である。
こうしてラタの航海カヌーは完成した。これがタウマコの航海カヌーのはじまりである。しかし、ラタは航海カヌーを山の中で造ってしまったので、ラタ一人ではカヌーを海に運ぶことが出来なかった。再びラタは精霊たちに命じて、航海カヌーを海に運ばせた。精霊たちはその夜、山に大雨を降らせて、ラタの航海カヌーを濁流とともに海まで運んだ。この時に出来た川は、今でもトフア島を横切って流れている。
また、この時精霊たちはラタの航海カヌーの部品を縛りあわせるのに使った組紐をラウファラの葉で隠していたので、ラタ以外には組紐は見えなかった。
さて、ラタは自分の航海カヌーで旅に出たが、しばらくするとタウマコに戻ってきてヒノラを船に呼んだ。というのも、ラタはヒノラに木の代価を払わなければいけなかったからである。そのためにヒノラは予めラタにホラ貝を渡していた。ラタがホラ貝を吹くと、ヒノラが船のところにやってきた。ラタはヒノラの為に大きな豚を用意していたが、ヒノラは豚は要らないから、そのホラ貝が欲しいと申し出た。ラタはホラ貝をヒノラに返して言った。
「私はこれから旅に出ますが、いつか帰ってきます。そうしたら私はまたホラ貝を吹きますから、あなたもこのホラ貝を吹いてそれに答えて下さい。」
ラタはそう言い残してタウマコから旅立った。その後、他の人々もラタの航海カヌーを真似して航海カヌーを造って海に浮かべたが、組紐の使い方までは真似が出来なかったので、彼らの航海カヌーは沖に出ると次々にバラバラになってしまった。その時、ラタの航海カヌーがタウマコに戻って来たので、人々はラタの航海カヌーに近寄って行った。人々は口々に助けを求めた。ラタは彼らを自分の船に乗せ、それぞれに仕事を与えた。帆を操る者、料理をする者、飲み水を管理する者、あか汲み(船内に溜まった水を汲み出すこと)者、舵を操る者。最後に海中から助け上げた男にラタは尋ねた。
「お前は何が出来る?」
男は答えた。
「私は泥棒が得意なので、旅先で必要なものがあったら何でも盗み出して来ますよ!」
ラタは笑って男を船に乗せた。
さて、ラタがタウマコに戻ってホラ貝を吹くと、ヒノラもそれに応えてホラ貝を吹いた。ところがヒノラがラタから貰ったホラ貝は音が出なかったので、ヒノラは怒ってしまった。ヒノラは椰子の木を引っこ抜くと、ラタの航海カヌーが礁湖(珊瑚礁の内側)に入ってこられないように、リーフの切れ目に投げつけた。この椰子の木は石に変わり、今でもタウマコのリーフの所に沈んでいる。
ヒノラのせいでラタの航海カヌーは礁湖に入れなくなってしまったので、仕方なくラタは再び航海に出て行った。以来、タウマコの人々はラタが帰ってくるのを長い間待ち続けた。